第2章1.5話 士官候補生日誌①「入校」
「父さん、母さん。それでは、行ってきます!」
支度を整え、制服姿で凛々しくそう言う我が息子。
子の成長とは、かくも早い物なのかと実感する。
この子が生まれた日を昨日の事のように感じると云うのに、何とも寂しい物だ。
1週間後、我が息子ロラフトは、帝国宇宙軍士官学校へ入校する。
入校式より1週間前から入校予定者に学生隊舎への入舎が許可され、軍務教育を受けるための準備を整える事ができる。
直ぐに行かずとも良いと伝えたのだが、「共に入校する同期達に遅れる様な事があってはならない」と力説され、妻のリベルタと共に折れたと言う訳だ。
「ロラフト、差し支えなければでいいのだけれど、時々でいいから連絡を頂戴ね」
「はい、母さん。勿論です」
ロラフトが扉に手を掛け玄関を押し開ける。
―あぁ…、今日は空が全く眩しいな―
「行って、しまいましたわね―」
朝の光に包まれるように私邸を出て行ったロラフトを見て、妻がそう呟いた。
願わくば、我が息子が立派な軍人となって無事に帰ってくる事を――
* *
「ザイル君、士官学校へ行ってみるつもりは無いか?君なら上手いことやれると思うんだ」
我が閣下にそう御言葉を頂いたのは、自分が軍令部に異動してから3年目の夏頃だった。
閣下の元を一時的に離れることにはなるが、士官となり今よりも閣下のお力となれるのならばと提案を受け入れた。
閣下からの推薦を受け内部受験を経て今日、士官学校へ着校する。
士官学校は全寮制であり、寮室は2人一部屋が与えられ、そこで2年を過ごす事になる。
そして、同室は着校日に判明する。
つまり、同室によって寮内生活の全てが決まるのだ。
馬が合う人が同室になれば苦も無く寮生活を遅れるだろう。
しかし―
着校の手続きを済ませ、自身に割り当てられた寮室の前で少し足踏みをする。
教育隊の同室達は散々だった…
どうにもその思い出が頭にこびり付いて離れない。
軽く深呼吸をし、意を決して扉を開く。
そこに居たのは―
「お?やぁ、君が僕の同室かな?」
―は?
ガチャン!と勢いよく扉を閉めた。
いやいやいや…、流石に何かの間違いだろう。
ウムム…と頭を悩ませていると、部屋の扉が開き、正に悩みの種となっている人物が顔を覗かせてきた。
「何かあったのかな?部屋、間違えた?」
「……その、つかぬ事を伺いますが」
「うん?」
「ここはA-105号室で間違い無いですよね…?」
「ん?―あぁ、勿論。間違ってないと思うよ」
何と言う事だ…
つまり、俺はこの人と同室と言うことになる。
「君もこの部屋なんだろう?さ、入りなよ」
「―お、お言葉に、甘えます…」
「?」
きっと、俺が固くなっている事に気がついたのだろう。
少し首をかしげ不思議そうにしている。
すると目の前の彼は、何か思い当たる事があったのだろう。
目を少し見開き、まるで「あぁ」と言わんばかりに小さく口を開いた。
「済まない、自己紹介をしていなかったね。」
何だって…!?
不味い、彼に先に名乗らせる訳には行かない―
彼が、さぁ自分の名前を言おう、とした瞬間に声を張り上げた
「さ、先に!先に私から自己紹介を」
突然の大声に驚かせてしまったが、彼は怒ることなく穏やかに「わかった」と良い、なんとか先に名乗らせる事を阻止した
「私はアレッシア・ザイルと申します。階級は、先日兵曹長に昇進しました。よろしくお願いします。」
「ありがとう。僕はロラフト。ロラフト・クルークだ。気軽にロラフトと呼んでくれ。これからよろしく、アレッシア」
そう、俺が2年を共に過ごす事になった相手とは、総統閣下のご子息であらせられるロラフト様だった。
ただ、私はこの日の出会いを決して忘れることは無いだろう。
何しろ、生涯の友との出会いだったのだから―
* *
カルラン暦20年4月吉日。
着校から1週間、遂に入校式の日が訪れた。
この年の入校者は総勢で100名弱。
ここに集った彼らが将来、帝国宇宙軍の中枢を担う士官として働く事になる。
とはいえ、入校式に集った全員が任官される訳では無い。
入校式が終わるその時まで、事前に入寮してきた候補生達は正式には候補生では無く、所謂「お客さま」状態なのである。
入校式を終えればそのお客さま状態は終了し、厳しい生活が幕を上げる事になる。
ここで軍の洗礼を受けた事で心が折れ、早々に立ち去る者も少なくない。
* *
入校式を終え、2号生全員で足並みを揃えて行進し合班教場へと移動する。
教場とは教育を受ける為の場所であり、その中でも合班教場とは各学生分隊毎に分かれる事無く、全体合同で指導を受ける場である。
通常の教育機関で言う所の、所謂大教室に相当する場であり、ここに集められた2号生達は、今後の学生生活に関する全てを叩き込まれる事になる。
合班教場へ着くとそれぞれが着座し、教官の到着を待つ。
「気を付け!!」
教官の入室に併せて、当直学生が室内全体へ号令を出す。
全員着座した状態で姿勢を正し、入室してきた教官を見据える。
教官が教壇へ上がると同時に当直学生のみ起立し、教官へ向き直り敬礼する。
「総員97名!事故無し、現在員97名!異常無し!!」
員数報告を受けた教官が、当直学生の着座を待ち、講義を始める。
それに合わせ、指導先任に選ばれた1号生数名が教場内を見回り始める。
「2号生諸君、本日を持って諸君らは本格的な士官教育を受ける立場となるが_」
教官の講義から30分余り、講義を終え退出する教官に対し、当直学生が起立、敬礼し号令を出した。
これで解散となると考える者も多く居ただろうが、ここからが"本番"なのだ。
教場に残った1号生の指導先任がそれぞれの学生へ受講中の態度について詰めて来る。
それは彼、ロラフトでさえ例外では無かった__
* *
入校式当日の工程を全て
「ねぇアレッシア、一つ聞きたいんだけどさ」
自室内で昼間からの疲れを癒やしていた所にロラフトから声がかかる。
「なんでしょう?閣下」
「教官が言っていた"2号生"って、なんなんだい?」
「あぁ〜」
尤もな疑問だろう。
軍に入隊したとは言え、そこら辺のことに関してはまるで知らないのだろうから。
「端的に言えば学年ですよ。一般的な教育機関であれば1年生から順に数字が大きくなっていくんですが、ここではそれが逆なんですよ。今日教場に居た指導先任は全員1号生達で、我々よりも1期上の入隊者達ですね。」
「へぇ〜、でも何でだい?」
「さぁ?そこまでは私も…」
既に1週間共に過ごして、彼、ロラフト閣下について少し分かったことがある。
彼は大分好奇心旺盛で知識欲に溢れていると言う事だ。
「なぁアレッシア、そろそろ敬語は辞めてくれないか?その閣下と言う呼び方も」
「しかし―」
着校当日からずっと言われ続けている事だ。
だが、そんな事できる筈も無い。何しろ総統御一家の嫡男相手だ。
何度目かの反論をしようとした時、その反論を遮るように彼が言ってきた。
「君が父に畏敬の念を抱いてくれている事は十分承知している。無論我ら家族へも。しかしアレッシア、今ここにいる僕は、クルーク姓を名乗ってはいれど、一学生であり19期の同期だ。僕はこの場での特別扱いは望んでいない。誰かがその流れを断ってくれないと何も変わらない。だからアレッシア、僕と同室の君に頼んでいるんだ。今この場、士官学校にいる間は立場は関係無い、だから頼む…」
そこまで言われれば応えざるを得ない。
今俺の前で、彼は頭まで下げているのだ。
そうまでして頼み込んできたことを、誰が断れようか。
「―解った。そこまで頼み込まれたら、流石に断れないな。」
良く物語の表現で『顔がパァっと明るくなる』等と言われるが、今の表情変化が正にそうだと言えるだろう。
「そうか!そうかそうか!!では!」
そう言うと彼、ロラフトは右手を差し出してきた。
言われなくても表情でとても良く伝わってくる。
今ロラフトは俺に「握手をしよう」と訴えてきているのだ。
差し出された右手に、自分の右手を勢いよく合わせ、力強く握る。
その力に併せてロラフトも力強く手を握り込んできた。
「改めて、これから2年間よろしく、アレッシア!」
「あぁ、こちらこそ、ロラフト!」
この日の熱く硬い握手は、生涯忘れることは無い__
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