第7.5話 或る探検家の斗い

銀河水平波間を超えて、目指す恒星ケンタウリ。

星の瞬き遥かに超えて、宇宙に輝く星の船。


 おれたちは、あの戦いの後に彼らを追って宇宙に出た船だ。2度にわたる火星との戦いで、地球は痛みを知った。2度と痛みを繰り返したくないと、火星の人たちを根こそぎ地球に連れ去った。

 接収した火星の帳簿と、実情があっていなかった事がおれたちの旅の始まりだった。そして、件の謎の沈没船。おれたちは彼らの船の一隻を用いて深宇宙へと旅立つ。


 時に、地球西暦2187年のことだった。


「おやっさん、この船って火星のなんですよね」

「あぁ、トロヤの宇宙港で接収した船だ。後おやっさんと言うな」

「でしたら、何故地球の種苗を積んでるんですか?」

「一種の探査艦の役目も今回、我々が担うことになったからな」


 おれは、ミータカ・エルノラ。いなくなった弟のように、こうやって日記を書いてる。航海日誌として基地に出すんだけど、おやっさんが直してくれてる。

 それと、横の白い少女はミツネ・マズロア。かなり強い剣士で、白兵となれば空間騎兵でさえ簡単に切り伏せちゃう。おれとミツネと、おやっさんと火星艦。少し長めの旅になりそう。


「もうすぐ、冥王星の遠日点に匹敵する距離…移動したのか」

「オールトの雲、小惑星が沢山。ふわふわしてそう」

「ミツネ一尉、あれはゴワゴワしてると…沖田さんが言っていたよ」

「そんな…わかったわ、サンプルリターンしますよ」

「ミータカ、一尉を止めてくれ」


 地球からの交信は既に途絶えて何日か。ふと、謎の船が見えてきた。


「目がある船」

「火星艦?」

「いや違う、未確認の艦艇だ。備えろ」


 火星ではないが、何か狂気を隠してそうなその船におれたちは接近。接触を試みるも、攻撃してきた。どうにも、火星以外にも宇宙には敵が沢山いる。痛みが、また増える。


「うわぁぁぁ!」

「回避だ、急げ!」


 咄嗟に交わしたものの、近くの隕石は吹っ飛んでしまった。その隕石の、リコリスの間から赤い瞳のあいつが睨んでくる。おれは、直感した。


「あっちの方が強そうだ」

「ha!?」


 火星艦、オーバーカム号から試作汎用機XSR87で飛び出した。この閃きが、おれたちの航路を変えたのだと気付いたのは少し後の事になる。

 赤いビームを回避しつつ高速で目玉の船に飛び付き、機関砲とミサイルでハッチを無理くりこじ開ける。そこでやっと気付いた、この船は集中砲火に弱い。それに…


「ミツネ、何でここにいる!」

「一緒に行こう、ミータカ!」


 宇宙服のまま、敵船に移乗。どうにもハッチがあると言う事は、最低限人がいる。大きさからも、おれたちと同じ。だったらと、最低限のアサルトライフルとミツネは鬼のような太刀でその船に乗り込んだ。

 第一村人ならぬ、異星人はロボットの様だった。ミツネが即刻で切り裂いてしまったので、何なのかわからない。だけど、その次に会った人間のような生き物からは、青い血が飛び出した。確かイカの血も…と思ったところで、やめた。


 ミツネが通信設備と艦橋を抑え、おれが船体各部の敵を殲滅。この船を、乗っ取る事に成功したのだ。


「流石は、白兵のヴァルキュリア。今回もよくやってくれた…と言いたいが、2人とも命令無視だ。何をやっている?」

「艦長、発光信号です」


「「現在捕虜を脅しつつ、操作法を教わっている。取り敢えず、何とか動かせそう」との事です!」

「動かせるのか…にしても、最初の異星人とのファーストコンタクト。まさかこんな事になるとは、いやしかし…」

「本部には内緒にしてください」


 どうにか地球式の通信回線を船からこじ開けた、ミツネの声が艦橋にこだました。


「我々は、追加任務として本艦…デルザクトを作り出した星が何処か暴く、いいですね?」

「とんだ脱走兵だ、地球には2人は行方知らずになったと伝える。そうでもしなければ、私も異星人恐るるに足らずと油断するだろう。さぁ行ってこい、ショーゲツの者達よ」


……………

……


 我々ガミラス・セカンドオーダーがガミラスと袂を分ち、ロドルフィアを中心とする艦隊で放浪を始めてはや2年。最初の追撃戦で数百万、更に飢餓や座礁で数十万が亡くなった。

 ハイ級と命名された駆逐艦の一隻に私は居を構えているが、ここは学校としても機能していた。というのも、私…ハルキ・ウィンブライ・インザールが教員の資格を持ち、子供たちにものを教えていたからだ。


 子供たちからも、何人もの死者が出ている。そろそろ、何処かで腰を据えたい。そう思いながら、遠い夜空にある安住の地を我々は探し続けた。いつ、追っ手が来るかわからない。

 恐怖に怯えながら、私の生徒たちは眠っていた。


「はやく、この旅を終えたい。1人がそう、泣いていたよ」


 残り少なくなった、配給の紅茶に涙を浮かせる同僚は私と一緒に教職から新天地を目指す事にした仲間。そんな彼女も、今や空腹で眠れていないのだ。


「潮時かも、わからんな」


 この時、輪番で先遣を任されていた私の船。

 だが今日はなにやら、自分でもわからない凶兆の予感を禁じ得ず夜半というのに自分で空に目を光らせていた。


「至近距離に、ワープ反応!」

「何だと!?」


 戦艦が一隻、前方左上に転移してきた。ガミラスからの追手か、ガトランティスか。どうにも前者らしく、独特の航行灯が深海魚の目のように我々を睨んでいる。


「砲撃用意」

「待て、相手の所属などを確認」

「しなくても分かる、我々を殺そうと追ってきた連中だ」

「航行灯は赤くない、少なくとも我々に弓を引くつもりはないと言う事だ!」


 必死に理性で、周囲を止める。

 すると、上方のモニターに通信が入る。それは小さな少年と、少女が乗っている船であった。彼らはこう言った。


「ここは、どこですか?」と…


………


「ありがとうございます、お粥をご馳走してくださり」

「まさか、我々と同じ迷い羊とは…」


 巨大な巡洋艦と、小さな駆逐艦。

 彼らの船は、何とガミラスから奪った船だという。そして今、オリオン腕にまでガミラスが食指を伸ばしている事が我々の艦隊を率いる閣下の船に伝達する。


「君たちは、そうなるとその…地球、ガミラスがテロンと呼んでる星の人なんだね」

「あぁ、まさか意思疎通ができる宇宙人がいるなんて…思ってなかったですよ」

「それから、その剣は…?」

「私は、薩摩示現流という剣術を使って…空間騎兵連隊との模擬戦で使いました」

「結果、おれたちは移乗戦術のプロって言われるようになった…とまぁ、こんな感じです」


 面白い子供達だと、私は思った。多分、私が油断している間に2人は簡単にこんな船を制圧できるのだろう。だがそれをしない、つまり彼らは海賊なんかではなく歴とした宇宙の航海者なのだろう。


「それで、君らに行く宛はあるのかな?」

「本船のデータベースに、おれたちが追っている船に似た船がいました」

「ボラー連邦という、天の川銀河中心の大星間国家。されど、本船だけでは“ウラリアの光”とやらのせいで、行けないようです」

「ですから、おとめ座銀河団全てに通じているという“ショーゲツ島”という場所を探しているのです」


 聞いたことはある。犯罪ネットワークに通じる、裏のマーケット。海賊の溜まり場であり、彼らの黄金時代を象徴とする場所。されど仁義を重んじるマズロアという組織がその場所を管理し、仁義を重んじない卑怯者を徹底的に駆逐するという任侠の島だ。


「そう…か、だけどあまりお勧めしない。君たちでは犯罪に巻き込まれる、だから…」

「ごちそうさまでした、お代として…おれたちは、これあげます」


 彼らは、彼らの土地の植物だろうものを私に差し出した。

 さつまいも、じゃがいも、イネに小麦、そして大豆。栽培方法までも書かれたメモも同時に彼らから頂いたが、人手も土地も無い今では出来ないことだった。

 そして同時に、彼らの文化が我々の元に入ってきた。


「これは?」

「漫画です」

「そして、この建物は?」

「お城、姫路城っていうんです」

「なるほど…君たちの星の、歴史的な建築なんだね」

「インザール卿、やはり…おれの弟に、すっごい似てる」

「え…?」

「あ、確かに。カケル君に割と似てるわ」


 少年より小さな、弟君に私が似ている…?怪訝な表情をした私に、2人はそっくりと返すだけだった。


「だとしたら、これもあげる」


 そう言われて、生物の卵か何かの塊がコールドスリープされたのを何個か渡された。あの船に、一体何を詰め込んだのか。テロンもまさか、我々と同じなのか?


「これがいくらで、成長したら鮭になるんです」

「…魚かな?」

「はい、ミータカの弟が好きだったものです」

「なるほど…育てて食べてということか。君たちの食糧は?」

「何か、船の中に有機培養システムがあるみたいで…こういうのを切り崩して、食い詰めてるんです」


 お互いに、お労しい身の上なのかもしれない。

 そんな中、魚卵らしき何かの香りに惹かれたのか小さな小鳥の艦長がパタパタと私の元に降りてきた。


「どうした、まだ寝てる時間じゃ?」

「ちゅりり!」


 小さな小鳥の艦長は、その卵を突くと、ちゅるりら!と鳴いた。よっぽど、食べたかったみたいだ。何とかして、塊を少し切って解凍。4人で夜食と洒落込んだ。


「にしてもこの子、よく見たらそっくりだよね」

「あぁ、たしかに!」

「えと、何に似てるの?」

「「シマエナガ!」」


 彼らの星の、雪国に住む小さな小鳥の様だ。本当に、この小鳥の艦長に似ている。どうにも彼らにとっても見たのは数年ぶりだそうで、本当に限られた土地にしか住んでいないのかもしれない。

 彼らの星のソース(醤油といったかな)と、彼らの星の主食であるお米を掻っ込む。今までに味わった事ない美味であった。


「ちゅるりら!」

「そうか、よかったね」

「ずっと一緒なんですか?」

「ガミラスに居た時、幼い頃から一緒だ。君たちの星のシマエナガとは、だいぶ生態が違うのかも」

「なら“コスモシマエナガ”だ!」


 少年はそう叫んだ。では、私もコスモシマエナガと彼のことを呼ぼうとしたが頬を突かれたのでしない事にした。だが、ふわふわしたその毛並みを少女に堪能されていた。


「ふわふわ…ふわふわ」

「ちゅりりりり」

「ちょ、こら」

「大丈夫です、ミツネはいつもこんな調子ですから」


 そう言った談笑ののち、お互いに物資を分け合って航路を別とする。


「ありがとうございました、ウィンブライ先生」

「どういたしまして」

「貴方の航路に祝福を、また何処かで」

「あぁ、またね」


 そうやって、奇妙な邂逅は果たされた。

 後に、ハーマリア星系が発見された際に見つけられたポルトメルシアや、カラーディ星系のヴィルディアにて、彼らが持ち込んだ植物は十分に育つ事が証明されたのだ。


……………

……


 地球歴2190年、やっと我々はヴィルディアに腰を据えた。開拓が始まったその頃、首都クルクラシアは土木工事によってかなり土埃が舞っていた。


「こうも土が舞うと、やってられないな」

「次の会議、もう20分しかないですよ!」

「あーもう、意外と郊外になっちゃったなぁ」


 そう、土埃でみんなの服や体が汚れてしまうのだ。宇宙艦にいる時は、滅菌されてたり除菌する事で何とか抑えていたことを、そうも行かないのが地べたの上だ。

 這々の体で、家に帰ってくるも何か物足りないのだ。土が付いたまま寝床につくのは良くないと思い、体を適当に洗う。そこでやっと気付いたのだ。


「風呂…そうだ風呂だ、一度だけ大公の城に行った事がある。その時にあった大きな風呂、あれさえあれば!」


 浄水設備が整わない中、みんな川や雨から生活用水を得ている。それではいつ疫病が流行るともわからないし、未だ宇宙で艦艇暮らしをする人たちも出てくるという訳だ。

 総統府発足前の私の仕事は、そう言ったインフラ関係の助言と法整備、それから土木に関するリスクヘッジだ。


「うーん、もしかしたらここ…断層があるかも分からない」

「地震が起きるって事ですか!?」

「そうだよ、ガミラスも地面が二重構造になってたけど…あれは少し特異な例だと思うが、いかんせん火山はあるし断層もある。つまり…」

「温泉が、出るんですね!」

「ちゅりり!」


 温泉を探す、ウィンブライ同窓会の面々は血眼になって断層帯の上の樹海を歩く。同時に検地を行って、後に首都西部の郊外エリアの境界線となる街道の基礎を作ってゆく。


「先生!」

「どうした?」

「キノコみっけました」

「取り敢えず収穫、科捜研に回せ」


 ローラー作戦的に、そのエリアの山を歩いた。原生生物に会っては、何とか銃撃で倒した。そこまで強いのは出てこなかったので、単なる害獣駆除の感覚で撃破できたのだ。

 だが、肝心なお湯は見つからなかった。

 這々の体で、再び家路に付いていた。湖のほとりを通りかかったその時、それは沸いていたのだ。


「せ、先生!これ!」

「間違いない、温泉だ!」


 この星で初めてとなる、温泉の発見。

 雨水が案の定、断層の中に染み込んでそれが地下深くで加熱されて湧き出てきた。しかもありがたい事に、地表の湧水の流路に湧き出していたのですぐに掘り返せば温泉として活用できるのだ。


「よし、やりましょう!」


 砂利を掘り出し、そして重機を持ってきて濁ったお湯と一緒に掻き上げる。そして湯船を整備して、ついにカルラディア帝国初の温泉が作られたのだ。


「やりましたね、先生!」

「あぁ…これで、汗を流す事ができる」

「庁舎の方から連絡です、水道工事の目処が立ったそうです!」

「よぉし、この秘湯を総統に献上し仕るぞ!」


 無事、この温泉は総統に気に入られ、以降「クルクラシアの隠れ湯」として隠れな観光地になったのだ。更に水道が整備され、お湯を沸かし薬草を溶かした銭湯も市内各地に整備された。

 それ全て、カルラディア帝国の臣民ならば…いやいずれはそうでなくても、みんなが入れる様になるはずだと…私は信じている。


………


 意外と、それは早く訪れた。

 5年が経った辺り、みんなで作り上げた温泉に時折足を運んでいた。


「しかし、森の中の湯船とは…空に月が見える」

「月…ですか」

「温泉から見る青色のイスカンダルが好きだったが、ヴィルディアの白い月も風情があってとても好きだ」


 古式ゆかしい石風呂、そこに揺蕩いながら未来のカルラディアはどうなるのかと思案していた。

 襲撃から少し過ぎ、復興に際しての政務の疲れを風呂で癒し、再び仕事に臨もうとしたその時…私の耳に、ある事が入ってきた。


「最高裁判長!」

「どうした?」

「ヴィルディア至近に、クルーザークラスが出現。ガミラスです」


 泣きっ面に蜂、とはこういう事だ。

 外務を担うジークハント卿は今はショーゲツに行った、交渉出来る人間はこの星に今はいない。武力で追い払うにも、艦隊が戻るまで数日。このガミラスに居ては心強かったが、敵となれば末恐ろしい重巡洋艦にこの星はついに滅ぼされるのか。

 私は恐怖したが、それよりも動揺を誘う言葉が更に入ってきた。


「インザール卿に会いたい、と彼らは思っている」


 ジレルの学級委員長が、思念で私に呼びかけてきた。

 しくじれば、復興に精を出す彼らの思いを踏み躙る結果になる。そして交渉に行ったジークハント卿も、内務卿も、そして総統の想いも。

 すぐに、ハイ級のいる宇宙港に向かい出航する。軌道上で警戒中の駆逐艦隊を他所に、その重巡洋艦に向けて加速。


「目は…赤くはないよな」


 火器管制をオフにさせ、接近。今度は我々が、彼らと対話を試みる番だ。そう檄を飛ばして、重巡洋艦に肉薄。双眼鏡でその主を見た。するとそこに、大きく手を振る少年と少女の姿があった。


……………

……


「息災で何よりです、インザール先生」

「ミータカ艦長、並びにミツネ副長…2人も、無事でしたか」


 いつしかの邂逅以来の再会だ。

 

「通信量の増大から、この海域に何かがあると思ったのです」

「そしたら、見覚えのある船が海賊に襲われてて…そして彼ら、芋を略奪してました」

「まさか、それで?」

「はい、航路を逆算して、この海域に居ると思って」


 我々のために、駆けつけてくれたのだ。そうともなれば、もてなす他はない。


「そうだ、あの星に温泉を見つけたんだ。きっとしばらく入れていないのだろう、船のシャワーで甘んじてたのだろう。入っていくといい」

「え、いいんですか!?」

「ありがとうございます、温泉とか久々です!」


 そうやって、人々の温もりは星や種族が違えども同じものがきっとあると…私は少しずつ、証明を積み重ねていきたい。かつては教員、今は裁判長として。


………


「彼らは行ったか?」

「はい、彼らにも彼らの旅路がありますから。やはりガミラスは拡大を続け、彼等の母星を襲っていると来た」

「そして彼等は、マズロアファミリーに連なる血縁と来た」

「まさか、テロンにマズロアが…アケーリアスの導きか、はたまた悪魔の意志か。一体どの様な」

「にしても、成長…してませんでしたね」

「ショーゲツの主が長命種という噂は、さもありなんという事か。ともあれ彼らが息災であることを、カラーディとハーマリアに祈るばかりだ」


 遠ざかる、デストリア級デルザクトの出航を地表から見届ける。我々の土地でとれた農作物を、彼等に渡して。無論対価としてたくさんの情報を、我々に教えてくれた。

 ミータカは、各地の海の様子や歴史を。ミツネは観測結果を。これで我々も視野を広く持つ事ができ、そして海賊をけしかけてきた相手はかなりの大帝国だという事も。


 シュウリシア銀河は、さながら戦国時代の様相を呈している。我々カルラディアも積極的に行かなければ、時代の波に押しつぶされる泡沫になる。

 だからこそ、我々もまた生存権のために戦う。全ての民草が、生徒たちが路頭に迷う事がなくなる、その日まで。

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