閑話『インザール卿日誌』② 法の番人と束の間の忘我

 マズロア大君国。

 カルラディア帝国の友邦にして、強力な傭兵集団を有する国。宇宙の中にポツンと浮かぶ準惑星にも満たない大きさの要塞に、その首都ショーゲツ島浮遊要塞がある。

 周りは散開星団から来る“荒れた海”。要塞の下にある、大きなフィンによりエネルギーを吸収しているのだという。


「よくぞ参られた、カルラディアの裁判長よ」


 大君、ミナト・マズロア。

 銀色の髪に、神職の格好をする青年。しかし噂によれば、数百年も生きているとされる者。その深謀遠慮となるや、小国を治めるだけに収まらないとの噂である。


「はじめまして、ハルキ・ウィンブライ・インザールです。大君陛下、お会いできて光栄です」

「良い、貴国とは長い付き合いになるだろう。そして、卿は我が血族の窮乏を救ってくれたと聞く。その事には恩がある」


 長命な身であり、恐らくは長年孤独だった。

 そんな人間にとって、ミータカ・エルノラとミツネ・マズロアという、二人の血族との邂逅は心の支えになったのだとか。


「時に、卿は歴史について興味があると聞く。我々の歴史書を下賜する、卿への信頼の証だ」


 完全に信頼されてはいるが、公的な場。

 貴重な書物を前に、少し慄いてしまう。だが、信頼の証にこれ以上何をいう気もならなかった。


「インザール先生、この後どうするんです?」


 ミータカが訊く。ミータカにとっては、弟に似た姿の人物。気にかけざるを得なかった。


「表敬訪問が終わったら、すぐに本星に戻って速攻で片付けなきゃ行けない仕事ができたんでね。君はどうする?」

「おれは、今度はロデスト方面に行こうと思ってる。インザール先生、頑張って」

「君も、健康に気をつけてね」


 ミツネからも、マズロア大君が好んでいる茶葉を頂く。

 手に持てる量ではなく、カーゴに積んで船にまで持ち帰らないと行けなくなった。


「この世界には、三人同じ顔の人が居ると聞きます。貴方の奥さん、私の従姉に似た顔の人だった。それがミータカにとっては、偶然に思えないのかもです」

「…弟、なのか。彼にとって、私」

「はい、そんな目をしてます」


 ミータカは、その弟が成長した姿の様な壮年を見て、やはり最後に一回だけ顔に触れたかった。ミツネが羨むほどにミータカはハルキのデコにデコをすり寄せたのだ。

 そこで、インザールは過去を見た。

 かつて200年前、“スリーアイ”なる星が地球近傍を訪ねた。それはマズロアの祖先が放った存在の一つで、ミータカとミツネは地球へと、放り出されたのだ。


 その地球で、二人は目覚めた。

 地球人として育った。しかし、同じ様に育ったミータカの弟は早くに死んだ。はるか昔、大君ミナトでさえ生まれていない頃。古代マズロア人は、おびただしい数の敵に包囲され、滅亡の淵に追いやられた。

 ショーゲツ島浮遊要塞に依った彼らは、転移を繰り返すうちに、自分たちがどこから来たか、どこへ向かうのかわからなくなった。異なる次元の狭間で彷徨っていた。


「そこへ、ハーマリアの閃光が差し込んだ」


 ミータカでさえ、知らない記憶。

 それがこの島の地下にて眠る巨神ーーエイギルの姿で思い出したのだ。そして、エイギルの母船こそが“スリーアイ”と呼ばれた存在であると、ミータカはハルキに伝えた。


「私が弟君に似ているといえども、何故こんな」

「弟に似てるし、かつて救ってくれた恩師に似てた。理由はそれでいいでしょ、ハルキ」

「そういうことにしておくよ」


 この事を、航海日誌に書いていいのかわからなかった。

 だが、忘れないためにも記録しておこう。次元のはざまで、自由に動くことの出来る巨神たちの勇姿。そして、マズロアの過去。

 不可思議ゆえに、信じれない自分もいる。だが、記憶の裏側を見せる力があるマズロア人が託したものだ。二人のためにも、シュリウシアを平和にしたい。


 だから、そのために目の前の問題に着手するべきなのだ。


「(にしてもマズロア人ってみんなエキセントリックなのか?)」


………


 ショーゲツからカラーディ本星に向かう道すがら。

 微睡の中に彼らの起源を夢想する。深い亜空間の海の中、左右にさえも動けずずっと沈降する方舟。長命である彼らは、1人またひとり、運命に絶望して死にゆく。

 自分たちの持っていた力では、到底叶うことがない絶望。それを紛らわせるためか、将又絶望から目を覆うためか、神に縋った。他の乗組員達が持っていた宗教的なアーティファクトに祈りを捧げ、“あやかった”。


 そんな絶望は、かつての自分と同じかもっと深いものだった。その全てを打ち破ったのは、一つの衝撃だった。


「裁判長!裁判長!」

「すまない寝てた、一体どうした?」

「前方、未登録の船舶多数。砲撃を撃ってきます」


 海賊船だ。

 裁判長眠りを覚ます砲雷戦、たった一撃で夜も眠れず。とはよく言ったな弟子と思ったが、呑気なことは言ってられない。敵にはハーマリアにて襲来してきた大型海賊船が混じっている。

 敵の総数は17、対する表敬訪問艦隊の数は僅か3隻。後詰などいない。


「この砲撃は」

「牽制だな。参謀長」

「はい、恐らくこの宙域に人攫いのアジトがあります。最短距離を取るルートで、思わぬ収穫です」

「被告人から武器を没収する。カルラディア帝国の中で、犯罪が罷り通ると思わせるな」


 主砲、406ミリ陽電子カノン砲の一閃が敵艦へと届く。

 全長120メートルの船の正面に直撃し、一瞬めり込み、敵フリゲートが弾け飛ぶ。

 左右のスターク・ハイも陽電子ビーム砲を撃ち放ち敵艦を叩く。「左右ハイ級は雷撃と直掩防空に専念」と参謀長が伝え、“蜂矢の陣”となり前衛をテミスディアが担う。


「敵魚雷多数、目標本艦!」

「対空防御」


 両舷の対空フェーザー砲が煌めき、次々と敵のミサイルを叩き割っていく。


「敵拠点から、大型艦が2隻出現」

「彼らが主犯格と見ていいだろう。目の前の船舶を突破する、量子魚雷用意!」


 ガミラス・セカンドオーダー時代からの伝統、戦闘時に光る赤色灯。本艦は瞳の奥に必殺の刃、量子魚雷を隠し持っていた。


「量子魚雷1番、発射用意よし」

「量子魚雷発射、敵の戦力を完全に奪え」


 量子魚雷が光を纏い、光速の30%以上の速度で突き進む。一瞬、敵艦隊の中心で光が見えなくなったと思えば、巨大な爆発を伴って海賊艦隊丸ごと消し飛ばした。


「たった一撃で」

「よく見ろ海賊共、これがテミスディア“法の護り人”だ」


 逃走する海賊船2隻も、一撃で大型海賊船ごと10隻以上の艦隊を葬るテミスディアに恐怖した。そして投降し、然るべき機関に送り込んだ。

 ガサ入れは最高裁執行部により行われ、捜索し人身売買された人々を救出する事に成功した。捕らえた被告人どもは凶悪度から、先に宙警局に送られて、余罪の度合いによって保安警察に引き継がれるそうだ。


「以降の捜査は執行部と宙警局のリソース上、保安警察に引き継ぐ。そして我々はヴィルディアに凱旋。故郷に錦を飾ろうか!」


……………

……


 テミスディアが港に係留され、港に降り立ったインザール。「こ……これで、ようやく次の問題に当たれる」と艦内でもデスクワークに勤しんだ彼は、ほうほうの体で港に立っていた。

 横で「ちゅるりら?」と小さな小鳥の艦長がインザールの頬をつつき、そしてインザールは倒れた。


「先生、インザール先生!」


 病室で目が覚める。

 どうにも、自分自身も過労になっていた様だ。


「移動時間にまで仕事をしてしまう、ある意味病ですよもう」

「……そうさねシゲート、何日寝てた?」

「2日、ですね」


 日程表を確認するに、今日は地裁からの報告を受けたり、オブザーバーとして教育に関わらなければならない日だった。だが、弟子が新しい予定表を見せた。


「先生、今はしっかり休むべきです。他の裁判官が決裁できる所はして、報告書にまとめてもらう手筈になってます」

「……シゲート、ヒアダ。ありがとう」


 一週間の療養が医者に宣告された。

 その間に家族や友人達がお見舞いに来て、正直嬉しかった。だけどその分、自分が休んでいる間に働いている皆のことが心配になる。国政の一大事となった時に、このままでは潰れてしまうのではないか……と。


「中々お見舞いに来れず申し訳ない」

「内務卿、いいんですよ」

「そのボードゲームは?」

「オセロですね、テロンのボードゲームです」

「一局、指南してもらっても?」


 オセロの対局中、自分がもとより懸念していた事項を内務卿に告げる。それは、上が働きすぎて部下が休むに休めない風潮があると判明したことだ。


「なるほど、その懸念はあり得る」

「今開いている温泉だけでなく、もっと大きな温泉郷が間も無く開きます。新入りから幹部に至るまで利用してもらいたく思うのです」

「奥様もやり手ですね、開発した土地にそれを?」

「我々が見つけた所は隠れ湯みたいなものですが、少し遠くに大きい源泉が見つかりました」


 内務卿、マリウス・シュトラス=トイアーが目を丸くする。

 ここで私はある提案を彼にする。「次の閣僚会議、視察を兼ねての事にしませんか?」と。総統一行が宿泊したとなれば、箔が付き人気になるだろう。

 総統の求心力をもって、臣民が休暇を取りやすい雰囲気を作る。それこそが狙いであり、ゆくゆくは各星系に休暇村や保養所を建てたい。その決議に関しても新温泉郷にてかけるつもりだ。


「さて、その準備をしようか」


………


 二週間後。

 お召し列車がアレイ高原温泉駅に入線する。その堂々たる顔ぶれなるや、官邸が列車に乗ってきたようなものだった。総統をはじめとして、親衛隊長官、外務大臣が乗った列車なのだ。

 先行し現地入りしていたトイアー内務卿とシャーフ技術局長、そして私こと最高裁判長がそれらを出迎えた。


「ここが新しくできたという温泉郷か」


 山間の温泉町の所々湯気があがる様子に、一同は温泉街の独特な風情を感じ取っていた。アレイ高原温泉は、以前インザール教室が見つけた湖畔温泉よりも森の奥深く。

 空気が澄んでおり年間を通して涼しい、私の妻はよくこれを見つけ出したと思う。だから胸を張り、私は総統の前に立った。


「ここでなら皆さんの英気を養えると思います」

「ならば今日は無礼講、早速自慢の温泉に入らせてもらおうか」

「総統、本日は視察も兼ねていますが会議が第一ですよ」


 はやる気持ちを年甲斐もなく抑えられない面々に、内務卿が一喝する。セカンドオーダーから数えて20年余り、思えば長い旅路であった。されどまだ道半ばでありこの国に何が足りないか、国家方針を纏める会議でもあるのだ。

 主に上がった議題は三つ。帝国官公庁職員の休暇取得率向上策、それに続く官民双方に開かれた保養地の画定。そして多人種を抱えるカルラディア帝国全体の、人種格差問題であった。


「閣議決定ではなく、臣民の意見の代弁者に委ねる事としよう。では、湯に入って疲れを取りますか」

「総統閣下、お待たせしました。湯の準備、整いましてございます」


 親衛隊アンジェロ大将が旅館の女将からの報告を告げる。

 肩を鳴らし、「やっとか」とひと息。メモを見返している私に肩に手を置き、総統は「君らが見つけたと言う温泉、しっかり堪能させてもらうぞ」と議事録を作ろうとしている私を横目に温泉へ向かう。

 総統と親衛隊の方が向かったが、シャーフ技術局長と私だけが残った。そして、シャーフ局長は一言「議事録は部下に任せましょう」と。


「いや、この程度の仕事は」

「自分でできるから他人の手を煩わせたくない、ですか。それでは部下は認めてくれていない、と思ってしまいますし後継者は育ちません」

「それは……確かに、でもそれでは皆が休めない」

「その勘定に、卿が入っていないのが問題なのです」


 この一言にピシャリと気づく。

 いつの間にか目的が逸れ、自分よりも他人を優先させ過ぎた。そして余計な回り道や苦労をしていた。よく考えたら自分が仲間を思うように、周囲からもその情があって然りなのだ。


「それに多方面にコネクションのある貴方が倒れたら損失です、それに我々に休めと言うならばまずはインザール卿が範を示してください」


 正論で殴られた。完全に、その通りである。

 その様子をシゲートが「技術局長にもメサイアコンプレックス拗らせ教師であると見透かされてたんすね」と冷ややかに見ている。ヒアダも「また倒れられたら困るので、ゆっくり浸かってください」と手を振っていた。


 あーれーと、御歴々に連れて行かれたのは露天風呂。

 夕暮れの空、なごり雪とほのかな燈篭に彩られた空間はひとつの庭園芸術の極地である。だが我々のよく知る人工的な造形ではなく、自然景観を最大限活用した“調和”を基軸に据えた造形。

 その完成度の高さに内務卿は「すばらしい」とお褒めの一言。アレイ高原温泉は41度と少し熱いが、雪見風呂としては上等なものだ。


「アルカリ性温泉で源泉掛け流しとは、これは疲れた体に効きそうですな」

「それだけではない、風景にて癒されると言うものは中々良い」

「さて、今日は仕事の話などせず呑みましょうか」

「無礼講ですな!」


 御歴々の様子を見て、そして私は「皆さん、有給休暇を取って頂けますか?臣民に有給を取ってもいいという風潮を、この温泉から発進したいのです」と告げた。

 総統は「よし、ならば有給申請した者に旅行券や宿泊券を与える(もしくは割引する)のはどうだろう?」と言ってくださり、更には観光による地域活性化や交通網の整備についての話になっていった。


「仕事の話はここら辺で、まずはもう少し湯船に浸かってから晩餐と行きましょう」


(ウィンブライ・インザール/宮島織風 寄稿) 

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