内務卿の多忙な日々

 —カルラン暦10年6月—


「マリュリア、今日からの視察日程、少し詰められるかな」

「んー…ブルケンでの立食会への参加を、挨拶のみに変更すればなんとか。何か追加のご予定が?」

「うむ、ウルキアーナで新しく品種改良したライジとムグィを見に来てほしいらしくてさ」


旧フルク領域の併合から半年余り。支配域が急激に拡大したことで、内政を司る内務卿の職務は大幅に増えていた。新しい体制を導入したとは言えども、責任者として各地に視察に赴くことが多くなったのは、体力の乏しい内務卿にはかなりの重労働であった。


「はぁあ〜、さすがにスターク・ハイだと、艦内で政務をするにはまだ不便だな…」

『内務卿、贅沢言わないでください〜?こっちなんて未改修の駐留艦なんですからね?』


同航する経済産業大臣ルイス・アーサーが文句を言う。


「すまんすまん。そういや数ヶ月前、移動法廷艦が就役したんだよね」

『インザール卿のテミスディアですか。羨ましいですよホント、、』

「我々も一応、警備隊として各大臣の座乗艦を建造しようとしてるんだけど、」

『おぉ!』

「ただ問題があってね……予算がない」

『それは内務卿のポケットマネーから…』

「警務大臣も同じこと言ってたわ…私も別に金があるわけじゃないんだがなぁ」


内務卿が苦笑する。にしても、裁判長は一体どこから財源を見つけてきているのだろうか。我々はその謎を解くため、ヴィルディアの奥地へと…行っている場合ではない。これから視察に行くのだ。


まず最初の行先は、旧フルクファーラント大皇国の領域であったフルク星系とビドウィーン星系だ。


「フルク星系はその名の通り、旧大皇国の首都星系にして、戦後に我が国の属国として成立したフルク共和国の唯一の支配地だ。人が住んでいるのは、旧首都星の第四惑星カルムと、第三惑星のブルケン。ビドウィーン星系の方は、第三惑星のファランティーナに人が住めるのだ」

「内務卿、誰に喋ってるんですか?」

「アリア、気にするな。ただの解説だ」

「はぁ…」

「ちなみに今紹介した三つの惑星は、どれも数千〜数万年にわたって文明が栄えてきたんだ。その分生存能力も高く、先の大規模な戦役を経てもなお荒廃せずに栄えているんだぞ」

「私に言われても、内務卿秘書なんだから知ってますけど…」

「今回の視察では何をするんだったかな?」

「戦闘で破壊された地区の復興状況の確認と、新たに設置された地方公共団体での業務が滞りなく行われているか、また系護や星権と会談し、新体制の運営に問題が無いかといった調査を行います」


系護や星権というのは星系や惑星の知事のようなものだ。戦後の新体制発足時に総統府の地方行政組織として設置した。カルラン語の読みでは「ヴェアモークス」「ヴリースロフェント」と呼ぶ。フルク星系は現フルク共和国の支配域だが、カルラディア本国と同様の行政組織を置いている。


さて、途中まで同行していたアーサー経産大臣はフルジ星系で別れて行った。現地の産業振興に関する会議に出席する予定だ。

そして、内務卿の艦隊も、間もなく目的地に到着した。


「ようこそいらっしゃいました、内務卿閣下」

「シルケン系護にジードー星権、お出迎え感謝致します。ヴェアモークス、ヴリースロフェントの号には慣れましたか?」

「いやぁ、なかなか慣れませんなぁ。なにせ、元はただの実業家ですからねぇ。突然ご推挙下さった時には驚きましたよ笑」

「私も、まさか一会社の中間管理職の地位から大抜擢されるとは思ってもおらず」

「これは何かとご不便をおかけしてしまっているようで…申し訳ない」

「いえいえ、そう仰っしゃらんでくださいな。自慢じゃありませんが、我らが統治するようになってからこのフルク星系はたいそう発展している。これまでのような権力闘争はもはやありません。民に根ざした、"実感"のある政ができるようになった」

「それなら私も安心して総統閣下にご報告申し上げられます。本日はぜひ色々と見せて頂きたく」

「もちろん!早速ご案内致しますね」


カルムはどこを見ても相変わらずの都会だ。惑星のほぼ全域が大規模な計画都市で覆われている。旧体制では、都市は貴族の所領という形で分配され、地域間格差が問題となっていた。一方新体制では各都市を「城(じょう)」という行政単位に統一し、城ごとに城昭(市長)を惑星中央から派遣する形をとったことで、都市間のネットワークを最大限活用した施政が可能になった。


「スラム対策は進んでいますか?」

「各城昭に指示をして、今対策を進めているところです。まだ期間が経っていないので統計等は出ていませんが、自信はありますよ」

「期待していますよ。格差の方はどうです?」

「物価や賃金などの格差は是正されてきていますが、インフラ整備がほとんど手つかずの状態です。それに、市民の実感としてはまだまだと言う声も大きい。やはりこれまでの格差が大きい以上、今後変わっていくとは言っても…という面もあるでしょうがね」

「ふぅむ、、その点は永遠の課題ですね。ヴィルディアでも都市部と農村部の格差がなかなか埋まらず…また何か良い方策があれば共有してください」

「はっ!」


その後、ブルケンの政財界人との交流を経て、ビドウィーン星系へ。

視察先、ファランティーナという惑星名は、神話の女神の名に由来するらしい。神官家であるファーラント家の所領であり、ファーラント王朝成立後は大皇国第二の重要惑星とされた。


「トイアー殿!」


若い元気な声の主は、クォレッタ・ジヴァラフ。人間関係で言うと少々ややこしいのだが、前皇王シアクヴァヌスⅡ世の御子にして戦役後に大皇国の支配を請け負った皇太子”ニジョート・ファーラント”の右腕にあたる人物だ。ニジョートは現フルク共和国首相に着任している。


「ジヴァラフ卿、ご無沙汰しております。お変わりありませんか?」

「ええ、この通り。トイアー殿は随分お疲れのようですな笑?あ、そうそう。ニジョート様から、『イルシアは元気にやっているか聞いておいてくれ』と言付かっていましてね」

「イルシアなら、私の第一秘書マリュリアと毎日仲良く遊んでいますよ。ご安心くださいとお伝え下さい」

「…とのことですよ、ニジョート様」

「え?」

『やぁトイアー卿。いやすまぬな、せっかくだから私もご挨拶をと思い通信を繋いで貰っていたのだ』

「これはニジョート様!変わらずご壮健とお見受け致します。昨日カルムにお邪魔しましたのにご挨拶に伺えず、申し訳ございません」

『うむ、よいよい。ところで、イルシアにもまた会いに行きたいのだが…』

「もちろん、いつでもお出でくださって結構でございます」

「その際は私もお供致します、と申し上げたいところですが…」


内務卿が首を傾げると、ジヴァラフは執務室に案内し、机を見せた。


「わぁ」

「そうでしょう?わぁという感が致しましょう?」

「これは帝国一の書類の山だ…」

「このところ、我が州内の至るところで災害が相次いで。これは治水の提言書、これは避難施設や補助金に関する書類、こっちは会議の議事録、、とにかく立て込んでいるのです」


州というのは、系の上位に位置する行政単位だ。星域ごとに州名(知事)を任命し、地方の”自治力”を強化している。ジヴァラフは旧フルク領域を管轄する州名だ。


「話は聞いていましたが、ここまでとは。中央でも対応を協議するよう、総統に上申しておきますね」

「ええ、お願いします。おっと、そろそろ時間ですね。私はこれから会議がありますので、視察のご案内は秘書に引き継ぎます。直接ご案内できずすみませんが、よろしくお願い致します」


そうして、惑星各地の視察と記録を行い、この日はそのままファランティーナの宿に宿泊。就寝前には、ロデスト星系の第二惑星キットシューメアに調査に行っているシュヴェア=タルボス環境大臣から超長距離通信にて報告を受けた。


『キットシューメアにおける居住環境の整備についてですが、やはり従来から指摘されている点がどうしても厳しい状況です』

「浮遊大陸が微細に振動し続けているっていう?」

『はい。原因は特定できているんですけど…』

「特定できてるのか!?」

『下層ガスの対流による大陸移動が原因だと思われますね。こればかりはどうしようも…』

「うーむ、、全体の振動が解析できれば大規模な防振装置でなんとかならないだろうか」

『それはアリかも。ちょっと技術系の担当者を呼んできますね』

「あ〜良い良い、また明日改めて連絡するよ」

『わかりました。お疲れ様です』


翌日、その担当者と内務卿とが改めて通信を行い、全体の振動解析調査について話し合われた。そして、空警局配備の監視衛星を転用し、大気圏外からセンサを用いた解析を行うことになった。同時にヴェルタ・フォールド・シナノ科学技術庁長官に対して、官民合同で大陸規模の防振装置の開発を行うプロジェクトチームを立ち上げるよう指示を出した。


「しかし…これ作るとなるととんでもなく莫大な予算がかかるな…。財務大臣に根回しをしておかねば。あ、そういえば」


何かを思い出した内務卿は、すぐさま超長距離通信を繋ぐ。相手は、ライノア・ミクラス総統府警備隊長官だ。


「ミクラス、建艦費用の根回しの件どうなった?」

『順調だよ。とりあえず主力戦艦計画を2年で1隻ペースで作れるぐらいの予算は要求できるかな』

「2年で1隻…ってことは全部作るのに240年かかるぞ…」

『今の段階ではこれが精一杯だ。今後数年間でドックの数も大幅に増やすから、それで短縮できるとは思うけどね。それと、フルスペックにしなければ1年1隻建造も可能だと思う。既に建造中の試作型と同等レベルまでスペックダウンして、残りの部品は後日装備でも運用上は問題ないし』

「うーむ、、、やむを得まい、その方向で行こう。ひとまず助かったよ、ありがとう」


ーーーーー


「間もなくワンダス星系に入ります」

「zzz...んがっ、もう着いたか」

「ワンダス政庁より、ウルキアーナに降り立つ前に一度ワンダ・ディラ・フォーマに立ち寄ってほしいとの電文が届いております」

「わかった、それに従おう」


ワンダス星系の主要惑星は、第四惑星のウルキアーナと第六惑星で首都星のワンダ・ディラ・フォーマだ。ウルキアーナは肥沃な大地が広がる、一年を通して温暖な農業惑星。一方首都星の方は、夏季と冬季、昼間と夜間の気温差が激しい気候だ。


「がくがくぶるぶる」

「寒そうですね、内務卿」

「アリアは寒くないのか?」

「これぐらいなら私は大丈夫ですよ?」

「すごいな…」

「あ、お見えになりましたよ、内務卿」

「おお、これは夏目提督!お久しぶりです」

「トイアー内務卿、こちらこそ久しゅうあった」

「ウルキアーナへの視察の道中、急遽こちらに呼ばれて。お話というのは、夏目提督からですか?」

「左様。実はつい昨日、このワンダスの首領に私が選出されましてな」

「本当ですか!それはめでたい!」

「いやいや、かたじけない。これからは内務卿の相手は私になるので、一度ご挨拶を、と思うたのだ」

「左様でしたか。では改めて、よろしく」

「うむ、よろしく」


トイアーと夏目はしばし対談し、国政に関することや防衛に関することなどについて意見交換を行った。そして、トイアーは本視察日程の最後の行き先、ウルキアーナへと向かった。


ウルキアーナでは、経産省より事前に派遣されていた第一次産業庁長官と合流し、新品種のライジ"うるぴかり"とムグィ"かわきつね"、"麦来(マイライ)"を視察。試食もして、ひとときの安らぎを楽しんだ。


「さ、帰って総統閣下に報告だ!」


ーーー


—ヴィルディア 総統府—


「閣下、今回の視察についてご報告申し上げます。まずウルキアーナで品種改良を行ったライジとムグィですが、適度な甘みがあり食感も良く、暑さ寒さにも比較的強い大変素晴らしい出来になっております。ウルキアーナ暦で3カ月後には量産に入る見通しです」

「それは良い知らせだ。領土と人口が増え、食料不足が懸念されていたがこれである程度は賄えるな」

「では、輸入契約もこのまま結んでしまっても?」

「そうだな、量産開始後に自動的に輸入品目に組み込めるようにしておいてくれ」

「畏まりました。ではそのように指示します」

「だが、ウルキアーナ産のものだけではまだまだ足りないだろう。各地の土地改良、耕作地化などによる生産量の底上げは必須だ」

「仰る通りですね。次にフルク星系についてですが、当初の懸案事項であったスラム対策や格差是正に関しては、各レベルの行政長官が主導して強力に進めてくれています。これまでに比べてかなり改善されたように感じました」

「体制が変わって良くなったということか?」

「はい、以前のようなしがらみがなくなり、創造的に政策を行えるようになったことが功を奏したようです」

「そうか!それはよかった…。一般人を起用したときはどうなることかと思ったが、うまくやってくれているようで何よりだ」

「ただ一つ、新たな問題が」

「む?」

「自然災害です。フルク州の各地で水害や地震が発生しており、対応が追いつかないようです。補助金や物資などは中央からも支援できますから、ぜひ前向きにご検討を」

「どれぐらいの予算規模になる?」

「ざっと2.5兆ラディアほどかと」

「にににににににぃてんごちょう!?!?」

「慌てすぎです、閣下」

「しかし、流石にそこまでの予算を確保するのは難しいのではないか…?国防予算の確保だけでもかなりカツカツだぞ…?」

「もちろんその状況は理解しています。しかし恐れながら閣下、フルクの民はまだ我々を信用したわけではございません。先の戦役とその後の働きぶりを見て、仮に信頼したに過ぎないのです。このような時にこそ、我々が信用に足る政府であるとしっかり示さなければいけません」

「それもそうだな…。よし!速やかに災害対策補正予算を編成し、フルク州をはじめとする被災地域の復興に充てよ」

「はっ!それと閣下、もう一点お願いがございます」

「なんだ?」

「現状、州内の広域的な政策については州名の裁可が必要な制度設計になっているのですが、今回のような災害時にあっては、州名及び州庁の業務量がとんでもないことになっておりまして…」

「なるほど。わかった、系以下のレベルで各々機動的な施策が執れるよう政令を出そう」

「ありがとうございます!」


—内務卿執務室—


「ふぅ…ようやく帰ってきた…と思ったら机の上に書類の山がががが」


内務卿が絶望しかけていた時、コンコン、と部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「どうぞー」

「内務卿おかえりなさい、視察お疲れ様でした」

「マリュ!」

「内務卿…顔がとろけてますよ」

「あばばばば」

「うれしそう」

「うれしい」


廊下にいたアリアが「やれやれ」とため息をつく。


「じゃなくて!」

「はぇ?」

「机の上の書類、こっちの山のは私が処理しておきました。こっちのは内務卿ご本人の裁可が必要だったので置いてありますが、さっきアリアが要点を付箋に書いてくれましたよ」

「ほんとか!!ありがとう、二人とも!めちゃくちゃ助かるよ〜」


ホッとひと息ついていると、


「内務卿、失礼します。ヴォルクです」

「おぉ、どうした?」

「総統からこちらの書類を預かって参りました」


総統秘書のカイン・ヴォルクはそう言うと、執務室の応接用机の上にドサッと書類の山を置いたのであった。


内務卿は「ぐぇえ」と言った。

コメント

このブログの人気の投稿

第9話 反撃の烽火

第1話 我が航路に光を求めて

第6話 戦火の帝都