第2章第1話西から登った太陽かげ

  宇宙―


 それは、人類に残された最後の開拓地―


 そこには、我々の想像を絶する未知なる文明、新しい生命で満ち溢れていた―


 これは、母星を捨て、新たな地へとたどり着いたカルラディア帝国の、驚異に満ちた新たな物語―


  *   *


 ―時に、カルラン暦19年7月某日

 その日、ハーマリア星系を警備中の宙警局第4管区航宙保安隊は、妙な艦隊の領域侵入を観測し、その対処に当たっていた。


「領域侵入中の所属不明艦隊に通告する。こちらは、カルラディア帝国警務省航宙保安隊である。本ハーマリア星系は我が国の領域であり、許可の無い艦隊及び人員の侵入は主権侵害に当たる。官姓名を明かし航行目的を開示せよ。繰り返す、官姓名及び航行目的を開示せよ。」


『―我らはズバイル。汝らに告げる。我らが唯一神"ズバイル"を奉ぜよ。さもなくば、「去れ」』


「…我がカルラディア帝国は、屈服を強いようとする者へは断固膝を着かない。即刻立ち去られよ」


『そうか、では疾く消えよ』


 ズバイルと名乗った艦隊司令の発言直後、宙警局第4管区航宙保安隊は瞬く間に消滅した。

 この一件は、警務省第4管区航宙保安本部を通し第1師団艦隊司令部へ報告され、現師団長であるセト大将は直ちに艦隊を向かわせたが、艦隊が到着した頃には既にズバイルと名乗る謎の艦隊は宙域より姿を消していた__


  *   *


 ヴィルディア本星では、本件について新たに軍令部長に就任したシャーフがその対応に追われていた。


「総長、こちらが先程航宙保安本部より提供された、ズバイルなる未知の勢力との交信記録です。」


 軍令部長室に報告に訪れていた軍令部付き士官から、ホロ端末がシャーフへと手渡される。そこには文字に起こされた航宙保安隊とズバイルなる勢力の交信内容があった。


「ズバイル…?一体何者だ?」

「名称以外その他一切が不明です。現在各所にて情報収集に務めております。」

「了解した。しかし―、マズロアならば、何か知っているやも知れんな。外務総庁にこの情報は?」

「既に情報共有済みです。ジークハント大臣閣下の指示で、既にマズロアへ問い合わせをしているとの事。」

「承知した。とりあえず各師団艦隊に、管轄宙域全域での警戒監視を厳とする様に私の名で下命してくれ。下がって構わない」

「はっ!」


 ズバイルの件を報告に来た軍令部付き士官が軍令部長室を後にする。

 未知の存在に対する不安を感じつつその正体を思案し、すぐにでも総統への報告の必要性を感じたシャーフは、1人の従兵を呼び出した。


「ザイル君。至急、総統府執務室への個別回線を準備してくれ。」

「承知しました。」


 ザイルと呼ばれた彼は、シャーフの技開局時代からの従兵であり、現在は数ある彼の従兵をまとめ上げる従兵長として仕えている。

 本名はアレッシア・ザイル。階級は一等軍曹であり、シャーフを差し置いて既婚者でもある。

 10年前に終結したフルク戦役の際に最低志願可能年齢で軍へ志願した現在28歳。

 一般兵教育隊での成績を鑑み技術開発局へ配属され、そこで元来の真面目さがシャーフの目に止まり従兵として抜擢された。


「はてさてこの件、一体どうなる事か…」


 今胸に浮かぶ疑念が杞憂であれば良し、そう思いながらシャーフは、ザイルが回した回線からクルークの声が聞こえるのを待っていた__


  *   * 


「総統閣下、統合軍令部より個別回線にてお電話です。」


 執務室で政務に追われるクルークにそう声を掛けたのは、彼の長年の秘書、カイン・ヴォルク。

 クルークがガミラスにてセカンド・オーダー大将軍を拝して以後今まで側で仕えてきた古株であり、クルークからの信頼が最も厚い人物でもあった。


「ありがとうヴォルク君。シャーフからかな?」

「はい。何やら急ぎの用件の様でした。」


 「急ぎの用件」、しかし彼には心当たりが無い。ヴォルクの表情を見ても、若干困惑している様が見て取れるだけだった。

 正直な話、この日は異様な程政務に追われ、満足に休憩も取れず、気分としては椅子と身体が融合してしまっている様に思う程余裕が無かった。

 さりとて腹心たるシャーフの急用。それも態々個別回線を用いての直接連絡となれば取る他ないだろうと、ヴォルクから内線を繋いで貰い電話を取る。


「こちら総統府執務室、クルークだ。何事かな、シャーフ」

『突然の直通電話にて恐れ入ります、閣下。至急、閣下にご報告申し上げるべき事案を確認致しました故ご連絡を差し上げた次第でございます。』

「ほぅ…」


 これまでに無いほどやけに堅苦しく、恭しく報告しようとするシャーフに若干の違和感を覚えつつ、そこまでならなければならない程に何かしらが逼迫している可能性さえ感じられた。

 建国から間もなく20年。

 10年前に終結した戦争以後、一旦の平和は享受すれども、戦争によって生まれた損害や禍根は未だに拭いきれていない。

 噂では、旧フルクファーラント大皇国残党が未だに燻っているとの話もある。

 シャーフが伝えたいのはその燻りが火種となった事なのかもしれない等と考えながら次の言葉を待ったクルークは、その報告に驚きを隠せなかった。


『ハーマリア星系を警備中の宙警局第4管区航宙保安隊が、その消息を絶ちました。』

「な、に…?」


 宙警局の中でも重要区域の警備を任された第4管区航宙保安隊は精鋭が充てがわれていた。その彼らが消息を絶つと言うことは、帝国の絶対防衛圏内に敵が出現した可能性が示唆されたも同義であった。


『つい18時間程前の事です。警務省航宙保安本部より第1師団艦隊司令部へ緊急救援要請があり、セト司令が101艦隊を派遣したところ、艦艇の残骸と思しき多数の瓦礫を確認。また、同地にてブラックボックスを回収しました。』

「…消息を絶った原因は」

『不明部隊による攻撃、と推定されます。』

「その詳細は。旧大皇国残党か?」

『いえ、違います。ブラックボックス解析の結果、交信記録のサルベージに成功しました。不明部隊の名称は―「ズバイル」。彼らはズバイルと名乗りました。交信内容から推察するに、宗教国家の可能性が高いと思われます。』


 報告の内容は正に最悪と言わざるを得なかった。

 ズバイル等と言う国家など聞いたことも無い。いや、カルラディアは余りにもこの銀河の事を知らな過ぎるのだ。

 カルラディアのあるシュリウシア銀河は、東西に二分されている。それは政治的価値観の違いによる冷戦的対立による二分では無く、未知の原因によって行く手が阻まれる空間、便宜上「未知領域」と呼称される空間が、銀河を南北に縦断しているからだった。

 所謂東銀河の調査は大々的に進め始めているものの、現在調べた限りではズバイルなる国家は東銀河には確認できて居ない。

 つまり、考えられる事態は、未知領域内若しくは西銀河に存在するその国家が、こちらへその魔の手を伸ばして来たと言う事だ。


「―シャーフ、貴官の迅速な報告に感謝する。その上で一つ。」

『は、何でありましょうか』

「本日午後、緊急の国家安全保障会議を開く。軍令部総長として、3軍大臣並びに各参謀長、宙兵隊総司令及び第1師団艦隊司令長官と共に出席を要請する。」

『―!承知致しました。直ちに各軍務省並びに第1師団艦隊司令部へ命令を発します。』

「よろしく頼む。」


 そう言うとクルークは左手で持っていた受話器を降ろし通話を終わらせる。

 未知の敵―、それも未だ越える事の出来ない場所から来た可能性の高い敵。

 クルークは、背もたれに身を預け天を仰ぐと、ここ数ヶ月で明らかに皺の増えた額を抑えながら、この先の事を思案していた__


  *   *


 その日の午後、クルークの急な要請を受け総統府内で国家安全保障会議が開かれた。

 議場には現在の全閣僚に加え軍の要人に武装親衛隊幹部、総統府警備隊長官、そして航宙保安本部長が席を連ねていた。


「さて諸君。まずは急な要請にも関わらず、私の呼び掛けに答え速やかに集まり会議が開けた事、嬉しく思う。」


 円卓状に設けられた会議席に着座したクルークが、全体に目をやりながらそう発する。

 議場全体は非常に重苦しい空気に包まれ、まるで葬祭場かの様相を呈していた。

 それも仕方無い。戦後からようやくの安定を見せ始めてきた領内で発生した未知の勢力による攻撃は、彼らに見えてきていた光明に陰りが差した事に他ならなかったからだ。


「本会議に於いて、議事進行は内務卿へ一任する。トイアー」

「はっ。それではこれよりは、私、内務卿マリウス・シュトラス=トイアーが進行させて頂きます。まず、お集まりの諸兄の皆様におかれては、既に事は聞き及んでおいでとは思いますが念の為再度共有させて頂きたい。本件については警務大臣殿、お願い致します。」

「承知致しました。」


 本件の最も渦中にある組織は、警務省。

 国内の秩序と安定を守護する警察機構を一手に担う存在であり、宇宙に於いては領宙侵犯との最前線に在る。

 そんな警務省のトップにして、現政権の閣僚を担っているのが、今内務卿から指名を受けたアルベルト・タオブンであった。


「改めて本件についてご説明させていただきますと、昨晩、カルラディア標準時21時過ぎに宙警局第4管区航宙保安本部が領宙線を越え、侵入する不審船団を確認しました。当該本部は直ちに所属保安隊を確認宙域へと派遣。同保安隊がその宙域で不審船団を現認後、当該不審船団と交信の後通信を絶ちました。」

「その件を受け、我が第1師団艦隊へ当該管区本部より出動要請があり、現場判断ではありましたが、第1種警戒体制で師団101艦隊をハーマリアへと派遣しました。」


 タオブン大臣の発言に補足を入れたのは、本会議にてオブザーバーとして参加を要請された、ベルンシュタイン=フクス=セト大将。

 歴戦の猛者である彼は、数年前の軍部の大規模再編によって新設された航宙海軍第1師団艦隊にて、現在は司令長官を務めている。


「尚、派遣された第101艦隊は、当該宙域へ達するも敵は既に撤退した後との事であり、また同地にて旗艦のブラックボックスを運良く回収に成功。全容が明らかとなったのは本日9時前との事であります。」


「セト大将並びにシャーフ軍令部長の補足に感謝致します。―さて皆様。この未知なる存在、いえ明確に敵としましょう。この敵ズバイルなる存在をご存知の方は」


 トイアーが全体へと質問を投げかける。

 瞬間動揺などで若干のざわつきを見せていた議場はシンと静まり返ってしまった。

 「やはり誰も知らぬか」と、クルークが小さくため息をついたその時、ジークハント外務大臣の元へ外務総庁幹部と思しき人物が耳打ちをし、同時に手を真っ直ぐと上へ掲げた。


「たった今、外務総庁がマズロアより回答を得ました。」


 ―マズロア。

 それはカルラディアが今最も頼りにしていると言っても良い国家であり、このシュリウシアを深く知る知恵者でもあった。

 そんな存在から回答が得られたとなれば詳細を知れると期待が高まり、議場内では「おぉ」と言った感嘆の声や「流石マズロアだ」等と言ったマズロアを讃える声が聞こえてきた。

 しかし、彼らの期待は次の一言で打ち砕かれる。


「えー、マズロアの回答ですが『誠に遺憾ながら、我らも彼らの神の名である事以外の仔細を知らず』との事です。」


 途端、議場には落胆した雰囲気であふれ返る。

 悔しいかな、マズロアの持つ「ズバイルは神の名」という情報は、彼らと接触した航宙保安隊の情報から既に入手されていたのだ。


 それから会議は進めど結論と言える結論が出ないまま時刻は18時を回り、会議が開かれてから4時間が経過しようとしていた__


「諸君。こう議論を続けていても結論は出ないだろう。」


 突如、それまで沈黙を貫いていたクルークがその口を開き、議場が数時間ぶりの静寂をとり戻す。


「ここから話す事は、あくまでも私の仮説に過ぎない事だが、良ければ聞いて欲しい。」


 そう言うとクルークが言葉を紡ぐ。

 彼が考察するに、連中は銀河の西、若しくは未知領域の中からやってきたのではないかと。

 誰もが思った。

 「突拍子もない事だ」と。

 しかしその場にいた誰も、彼の考察を否定できる程の材料は持ち合わせていなかった。


 クルークが仮説を言い終える頃には、議場はシンと静まり返り、部屋に木霊したのはクルークの声だけだった。

 一通り語り終えたクルークが議場の様子を一瞥し「ふむ」と小さく放つと、自らの席を立ち上がり、スゥっと一息深呼吸を入れた。

 議場の全員から視線が集まる中でクルークが言葉を紡ぐ。


「諸君らも、今の私の仮説を聞いてなんと馬鹿げた事かと思っただろう。…私も正直、この説にたどり着いた時はそう思った。しかし、この10年弱我々は銀河の東側の大半を見てきた。そして、なるべく穏便に友好を紡いで来た。その結果があってこその今回の仮説だ。無論、仮は仮でしかない。そして今、我々にそれを証明する程の手立ては無い。」


 そう、今のカルラディア帝国には、未知領域へ入る事も、そこを突破し西銀河へ入る事も叶わない。

 だからこそ、今のクルークの言葉に、重くなっていた議場の空気が一層重く変化する。

 だが、次の一言で、少しだけ空気が変わり始めた。


「しかし、我々が彼ら『ズバイル』なる勢力に対抗する準備はできよう。」

「諸君。これは私からの勅命だ。心して聞いて欲しい。」


 ―空気が張り詰める。

 クルークがただ一言「勅命」と言ったそれだけで、議場の空気は、糸がピンと張ったかのようになっていた。


「ズバイルなる勢力の先の攻撃は、明確に侵略の意思ある物だろう。相手が西銀河全域を掌握していると仮定しても、我が方の現有戦力では心許無い。よって只今より、東銀河の我らと同程度の文明を探し出し、奴らの脅威を伝え軍事同盟を結ぶために、軍・外務総庁含む各主要政府機関の対応を、―命ずる。」


 『命ずる。』とクルークは言った。

 これまでであれば要請で通っていたものを、拘束力を持つ命令という形で通したのだ。

 「命令として出す程にクルークはこの事態を深刻に捉えている。」その場にいた全員がそう正確に捉えられる程に、クルークの表情は真剣そのものであった。


 「では、これにて本日の会議は以上」と、クルークが告げ、議場の扉へ向けて歩みを進め始めると、その場にいた全員がザッ!と立ち上がり、その場で敬礼。

 そして__


「「「「「ハルン・クルーク!!総統万歳!!」」」」」


 と、議場外にも声が届かんばかりの声量で全員が総統を讃え、その声を背にマントを翻しながら、クルークは議場を後にした。


  *   *


 総統からの勅命が発せられてから早5ヶ月。

 カルラディア帝国も間もなく新年を迎えようかという12月のある日、それは突如としてやってきた__



「失礼します!」


 その言葉と共に、軍令部総長執務室の扉が勢いよく明け放たれ、参謀将校の1人が息を切らしながらシャーフの前へ立った。


「何事だね、中佐。ザイル君、スマンが扉を閉めてくれ」


 指示を受けたザイルが明け放たれた扉を閉める。

 一方でシャーフは、目の前で息を整えている中佐を見据えた。

 彼は人事の評価も高く、参謀将校の上役連中からも評判が良い、勤勉実直と言っても差し支えの無い、優秀な参謀だ。

 しかしそんな男が血相を変え部屋に飛び込んで来たのだから、さしものシャーフも驚きを隠せないで居た。

 「何か」があった。それも、恐らく重大な何か。

 緊張した面持ちで、若干睨むような顔つきになっているシャーフを余所に、息を整えた中佐が話始める。


「つ、つい先ほど。ほんの15分程前に、潜層艦隊司令部より急報が有りました。」


 潜層艦隊司令部からの急報。恐らくそれが彼を走らせた「何か」なのだろうが、シャーフもザイルも、心の内に嫌な予感が走った。

 直近。と言っても5ヶ月も前だが、管区航宙保安隊が全滅した例の件があっての今回。

 最悪、連中の侵攻が始まったと言われる事さえ覚悟し、唾をゴクリと飲み込み次の言葉を待った。


「現在星系領域線を警戒監視中である次元潜層母艦『ルデクス』級が、領域侵犯を検知したとの事。」

「何だと!?」


 シャーフが椅子をガタつかせながら勢いよく立ち上がる。

 余りにも勢いよく立ち上がったせいで、後ろに押し出された椅子がバンッと大きい音を立てながら倒れ込んだ。

 その様子を見ていたザイルが倒れた椅子を直しているのを尻目に、シャーフが言葉を返した。

 「それは、例のズバイルか?」と

 しかし、帰ってきたのは予想外の返事だった。


「実は、未確認の艦艇でかつ、単艦との事です。」


「―単艦、だと?」

「はい、司令部からの通信はその様に」


 ズバイルの艦艇形状は、凡その形ではあるが殆ど判明していた。

 奇跡的に破壊されなかった艦艇搭載の観測カメラが有り、ブラックボックスの回収と共に回収され、映像の復元と解析が行われていたためだ。

 しかし、未確認の艦艇であれば警戒して損は無い。未だ燻っている旧大皇国残党勢力の艦艇の可能性も、無きにしも非ずだ。

 ただ、「単艦」と言うのが判らない。

 軍艦は基本的に艦隊を組んで行動する。無論、歴史上を見れば確かに単艦で行動していた艦もいただろうが、宇宙を航海するこの時代に於いて、単艦行動は命取りだ。それこそ、「母星が滅びに瀕している」なんて事でもない限りは基本的に取らない。

 彷徨えばそれで最後なのだ。

 その時、ふとシャーフの頭の中に一つの考えが浮かんだ。

 「ファーストコンタクト」の可能性だ。

 その単艦行動中の艦艇は、何かしらの使命を帯びており、それ故に単艦行動に出ているのだと、そう考え出していた。


「中佐」

「はっ!」

「ルデクスは、既に戦闘状態に入ったのか?」

「いいえ、報告によれば、現在は睨み合いの様な状況だと」


 少しホッとした。

 これが未知とのファーストコンタクトであったならば、攻撃をした時点で海賊、いや大皇国連中と同じになってしまう。


「中佐。すぐに司令部へ直接私からの指令を伝達してほしい。構わないかな?」

「はっ、問題ありません。」

「うむ。では司令部に『交信を試みよ』と」

「交信、でありますか?」


 中佐が首を傾げ復唱する。

 残念だ。もうちょい賢いと思っていたのだが…。いや、私の伝え方が不味かったか?


「あぁ。私は今、ファーストコンタクトの可能性有りと考えている。司令部へ伝えた際に意図が伝わっていないようであれば、その様に伝えてくれ」


 そう伝えると、中佐はハッとした様な表情を見せた後、納得した様にキリッとした表情にかわる。

 そして、「承知致しました!」とまぁ元気良く言った後敬礼を見せ、執務室を離れた。


 中佐が執務室を出たあと、ザイルが正してくれた椅子へ深く腰掛け、左腕を肘掛けに置き、体重を掛け、右手で目の間を押さえる。

 ザイルが10年近く見てきた、シャーフの考え込む仕草だ。

 30秒程経過して、溜め込んでいた息をフゥーっと吐き出すと、絞る様にシャーフが吐いた。


「ファーストコンタクト、か…」


「やはりご不安ですか?」

「あぁ。ズバイルと言いフルクと言い、我々のファーストコンタクトは散々な物だったからな。」

「しかし、今現在まで戦闘開始の報が入っていない事を考えるとやはり」

「うん、友好的に接せれると思いたいね。」


 そう言いながら、背面の窓から空を見上げるシャーフと、釣られて同じ動きをするザイル。

 2人の胸中には、期待と不安が入り乱れていた__


  *   *


 総統による勅命発出後、軍は警備局と共同し領域警戒任務に当たっていた。

 特に白羽の矢が立ったのは、亜空間を潜る事のできる次元潜層艦であった。

 フルク戦役後半にハイ級を改造し建造された初期型の潜層艦より始まったUD隊も、当時の戦果等から軍内でもその有用性が強く主張され、航宙艦隊司令部とは別で潜層艦隊司令部が設置され、また、その開発にも強く力が注がれてきた。

 初期のハイ級改造艦は1隻が練習艦に、もう1隻を帝国記念博物館へと寄贈し、残りは退役している。

 今現在警戒警備に当たっている艦は、カルラン暦18年頃より就役の進んでいる新鋭次元潜層母艦「ルデクス」級と、改造艦の後継に当たる「01型」の2艦種だ。

 そして、今回事に当たる事になったのは、その新鋭ルデクス級の1番艦「ルデクス」であった。


 その日、10番惑星ダゼアフォンの軌道より向かいの設定領域線近辺を航行中、ルデクスは侵入検知ブイからの信号をキャッチした。

 不思議な事に信号は極短時間のみの発信であった為、誤動作の可能性もあったが、万が一の事を考え、艦長指示の元、発信源のブイへと針路を取った。

 ルデクスが到着した頃、ブイから少し離れた位地に、原因と思われる艦が居た。

 単艦だった。

 見たことも無い形状の艦が単艦で宇宙空間を進行していた。

 ルデクス艦長であるベルヘルト・ヴィールファルート大尉は、規定通りの領域侵犯対処行動を開始。2回の警告の後、警告射撃を実施した。

 当該艦に通信が通じていなかったのか、2度の警告には返事が無く、警告射撃の後、漸く停船が叶った。

 しかし、ベルヘルト艦長は対応しあぐねていた。臨検をするにも接舷せねばならないが、そもそも今こちらが戦闘行動を起こさない様子をいい事に逃亡若しくは攻撃をされた場合、次元潜には有効打は無い。

 念の為魚雷は装填済みではあったが、相手の砲が光学系であった場合、魚雷を撃ってもルデクスは撃沈、良くて大破するだろう。

 そのため、対応を求め司令部へ現状を通信してから既に1時間程が経過しようとしていた。


 一応威圧の為に浮上し喫宙線より上を晒し、艦橋前方に搭載された15.2cm単装砲を指向しては居るが、どれだけの威圧効果があるか…

 艦内にも不安だという雰囲気がムンムンと漂って来ているのを、ベルヘルト艦長は肌で感じていた。


(こちらから催促してやろうか)


 痺れを切らし、通信士へ指示を投げようとしたその時、通信士が返信有りと声を上げた。

 返答は、『交信を試みよ』と。

 命令は総長からだった。


(閣下もファーストコンタクトの可能性を感じている、という訳か…)


「艦長、返信はどうしましょうか」

「命令承諾。吉報を期待されたい。で行こうか」

「はっ!」


 正直な所、ベルヘルト艦長は今回のファーストコンタクトが理想的な物であるのでは無いかと考えていた。

 1時間。1時間も睨み合いの様な状態が続いているにも関わらず、相手は戦闘行動を見せようとして来なかったのだ。

 こちらと通信をしようとしてこないのは、恐らく通信機器の規格が違う為だろう。

 だが、上から命令があったのならば、こちらにはその手段を用いる理由が出来た。


「単装砲、照準維持。6番発射管外扉開口、有線通信プローブ射出準備。」


 本来、有線通信プローブの使用用途は、何らかの事情(事故等)によって僚艦との通信機能を喪失した際に、艦同士を物理的に接続し相互連携を図ることが出来るようにする為のものだが、今回の様な使い方も間違った物ではない。

 一点問題があるとすれば、魚雷管からの射出であるが故、こちらからの攻撃である、と誤認されかねない所にあるが、そこは他者を信じる形で進める他無かった。


「6番発射管、プローブ射出用意良し」

「プローブ射出!」


 艦長の指示を受けた魚雷員が、眼前のコンソールパネルのスイッチを一つ押すと、同時に艦体にバシュッという音が響いた。

 合わせてベルヘルト艦長が潜望鏡を上げ、プローブの伸長状況を見る。

 カメラ越しに、艦の対空砲と思われる小口径砲に多少の動きは見られたが、何とか撃墜されず、やがてプローブの先端が相手艦へ達し接続された。


「プローブ接続を確認。通信士、有線通信だ、マイクを回せ。」

「はっ!」


 通信士から回されたマイクを受け取り、艦長が相手艦との交信を開始する。


「こちらは、カルラディア帝国宇宙軍、次元潜層艦隊司令部所属、次元潜層艦ルデクス。貴艦は現在、我がカルラディア帝国の領域を侵犯中である。官姓名及び所属、航行目的を明らかにせよ。繰り返す―」


 ルデクスからの発信後、時間にして1,2分程経過してから相手艦より返信があった。

 しかし、その返信は彼ら乗員の頭を抱えさせることとなる。


『Idi me waitteau fe doncav tqaviam fe qsenièse dmatte Gargray fet gosdet tqaviamet fe ma Séqucmirue fe Zeyus.Mout m'awomt audume imvemviom f'emhahes me domcav.Ke séqève, mout m'awomt audume imvemviom f'emhahes me domcav.(こちらは、ゼイユス共和国航宙軍、一等航宙戦闘艦ガルグレイ。本艦に戦闘の意思は無い。繰り返す、本艦に戦闘の意思は無い)』


 帰ってきた言葉は、艦内の誰にも聞き取ることが出来なかったのだ。

 再送を求めても、帰ってくるのは(恐らく)同じ内容だが何を言っているかさっぱりだった。

 結果、録音した音声を軍令部へ転送。15分程待って、AI翻訳プログラムと共に情報が帰ってきた。

 相手の言語は、解析情報によればハーマリア系の言語の中でも派生系の一つであり、独自に発展したのかカルラディアから見ると大分訛っているのだとか。

 取り敢えずは無事に翻訳も叶い、彼の艦「ガルグレイ」との通信が改めて再開された。


「こちらはカルラディア帝国宇宙軍、潜特型ルデクス。艦長のベルヘルト・ヴィールファルート大尉です。応答願います。」

『―こちらは、ゼイユス共和国航宙軍、一等航宙戦闘艦ガルグレイ。艦長のダッツ・シューン大佐です。…驚きましたな。この極短時間で我々の言葉が通じようとは。』

「優秀な言語解析AIのおかげです。改めてお伺いしたい。貴艦の航行目的は何でしょうか。現在貴艦は我が国の領域を侵犯中です。事によっては強制排除も辞せません。」


 とは言ってみたものの、正直な所、理性的な会話が出来ている今でそれが起こるとは正直考え難いとは誰もが思っていた。


『本艦に貴国を故意に侵犯する意図はありません。当ガルグレイは現在、ゼイユス本国の司令を受け、銀河調査航海を実行中で有りました。』

「では、今回の侵入は事故であった、と?」

『はい。何分(なにぶん)我が国は星間国家として生まれて日も浅く、この宙域に国が在る事さえ知りませんでした。お騒がせしたこと、ここに謝罪をさせて頂きたい。』

「誠意ある対応、心から感謝致します。その対応を持って貴艦を解放と致したいのは山々なのですが、当方にその様な権限は生憎持ち合わせておらず…。申し訳ありませんが、本国へ対処の伺いを立てるので、今暫く当宙域で待っていただきたい。」

『―委細承知致しました。こちらこそ、丁寧な対応痛み入ります。お待ち致しましょう。』


 これまでのカルラディアでは考えられないほど、今の所はとても順調に進められているファーストコンタクトだった。

 改めて考えてみても、休息を襲う海賊や、マッチポンプを仕掛け恩を押し付けようとした大皇国、そして、膝を折らせようとしてきた謎のズバイルと、これまでのファーストコンタクトは散々も散々だった。

 そして、この平穏無事なファーストコンタクトの報告は、総統含め多くの閣僚や軍幹部に安堵を齎(もたら)した。


 ベルヘルト艦長が軍令部へと直接伺いを立てて十数分。

 もっと遅れるかと思われた返信は、以外にもすんなりと帰ってきた。


「―では閣下、彼の艦『ガルグレイ』を、ハーデッシュベルトへ同行させる形で問題ないのですね?」

『無論だ。局長には話を通した。既に総統閣下や内務卿、外務大臣もそちらへ向かう手筈を整えている。上役連中はこれはチャンスだ!と息巻いているよ。』

「…閣下はいらっしゃらないので?」

『無論行くともさ。流石に私も出張るべきだろうからね。』

「では、お会いできる事を心待ちにしております。」

『うむ、数時間後にまた会おう。』


 ガルグレイは、カルラディア帝国総統の権限で、ハーデッシュベルトへ一時寄港が許可された。

 やはり彼の艦もそれなりに資材を消費していたらしく、近辺で補給可能性のある岩石惑星を発見したと言うことでカラーディ星系へ赴いた訳だったそうだ。

 何はともあれ、数時間後にはダッツ艦長は多くのカルラディア帝国政府連中と会談する事になるが、取り敢えず無事に事を切り抜けられた事で、艦には安堵の空気が広がり、またガルグレイとルデクスでは接続された通信プローブの事もあり、お互いの国家についての情報共有をしつつ、双方の仲を深めて行ったのだった。


  *   *


 フルクファーラント大皇国は先の戦争終結後、皇室を廃し、その国家体制を共和制へと移行。初代首相として、シアクヴァヌスⅡ世の息子であり、戦中までは皇太子であったニジョート・ファーラントが就任した。

 以後は選挙に基づく国家運営が為され、民主国家としての歩みを進めていた。

 一方で、皇国時代に保有していたその広大な領土は、自星系を残し「賠償」という形で戦勝各国へと分割される事となった。

 カルラディア帝国も他の戦勝国家と同様に旧大皇国所有領を手に入れ、フルクからもじりフルカリア州と命名。その州名(州知事)として、ニジョートの右腕として知られていたフルク人、クォレッタ・ジヴァラフを任命した。

 また、旧フルクファーラント大皇国は新たにフルク共和国を名乗り、戦後数年カルラディア帝国による政治監視を受けた後、自治国家として改めて独立。

 帝国の属国として、ではあるがその歩みを進めていた。


 時は3年ほど前に遡りカルラン暦16年。

 この年、カルラディア帝国では大規模な軍部の再編が行われ、その影響は、帝国軍の駐留するフルク共和国にも及んだ。

 今回の大再編によって、フルク共和国内にも、他と同様に師団艦隊が展開される事となり、司令官として、嘗て第二艦隊にて指揮を執ったクルルク・デルニラッツェ上級大将が赴任する事になった。一方で帝国は、フルク方面軍の配置を、半数を帝国軍、もう半数を共和国軍とする事でフルク側の面目を立てる方針を選択。

 それによって事実、両国は戦後最大の良好関係と相成った。

 しかし一方で共和国内部には、徐々に深い闇が広がりつつあった__


 ―カルラン暦16年6月。

 ズバイルの突然の攻撃から3年ほど前のこの日、ニジョートは、盟友であり親友であるジヴァラフから「是非に会ってほしい者が居る」との連絡を受け、政務を切り上げ馴染みの料亭へと足を運んでいた。


 門を潜ると直ぐに女将からの出迎えを受け、いつもの部屋へと通される。

 呼びつけたのはジヴァラフの方だと言うのに、どうにもまだ着いていないらしく、女将から、先に酒を如何か、と勧められたが、取り敢えず連れを待つと伝え、一旦茶を飲み、内装の華や掛け軸を目で楽しみながら彼の到着を待った。

 時間にして20分程経った時、複数人の足音と女将の声が聞こえ、漸く来たかと軽く息を吐くと、同時に部屋の引き戸が開けられ、呼びつけた本人であるジヴァラフと女将。そしてジヴァラフの背後に控えた、若干恰幅の良い、見目を整えたであろう男が居た。


「やあニジョート。遅くなって済まないね。」


 本心からそう思っているのだろう。だが悲しいかな、彼の顔は生まれ付き胡散臭い。

 勿論声音から本音と判るが、やはり始めて目にする人には怪しく見えるものだろうか。


「まぁ、20分程度だ。体感はもう少し早かったけれどもね」


 そう告げるとジヴァラフは「ほう」と一言漏らし、続けざまに「それはどうしてかな?」と聞いてきた。


「何、改めてこの部屋の内装を観察していただけだよ。掛け軸も華も、部屋の雰囲気と調和していて見ていて飽きなかった。それだけさ」

「へぇ〜。よかったですね、女将」


 そう言いながらジヴァラフが女将へ振り返ると、女将はニジョートに向き直り「勿体なきお言葉、大変光栄に存じます。」と深々と頭を下げ、直ぐに酒を持ってくると告げて部屋を後にした。


「それで?ジヴァラフ。後ろの彼が、君の伝えてきた『会ってほしい者』かい?」


 そう言いながら後ろの男に目をやると、シルクハットを頭から浮かせ、恭しくお辞儀をし、自ら名乗り出た。


「ははっ。私めは商いを担っております、姓はカイヅケ、名をルキオシアと申します。ニジョート様に置かれましてはご機嫌麗しゅう。」


 カイヅケと名乗ったその男は、頭に被ったシルクハットを胸に当て、改めて深くお辞儀をしてきた。

 この時の私は、彼がとても礼儀の正しく、そして誠実な男に見えた。


「ふむ、カイヅケ殿か。改めて、ニジョート・ファーラントだ。此度は良く来た、さぁ座られよ。」


 余りに礼儀の正しいその居住まいを見て気を良くしたニジョートは、直ぐにカイヅケへ着座を促し、ニジョート、ジヴァラフ、カイヅケを交えた酒宴が開かれた。

 旨い料理に舌鼓を打ちながら旨い酒を喉に流し、カイヅケの上手いおだてに乗せられ、気がつけばニジョートは彼に心を許していた。

 そうして時が経ち、改めてニジョートがジヴァラフへ向き直る。


「それで。忘れそうだったんだが、カイヅケ殿と何故会えと?」

「あぁあぁ、俺も忘れていたよ。なに、彼は大分目の効く男でね。縁を繋げておいても損は無いだろうと思ったのさ。」

「一商人には勿体なきお言葉に御座います。しかし、そう仰って頂けるだけの腕はあるかと自負しております。」


 ニジョートが改めてカイヅケを見る。

 恰幅が良く、若干シャツのボタンが張っている。

 しかし服に着られている訳では無く着こなしも様になっており、彼の働きぶりが伺える様な気がした。


「ふむ…。ならば後日、私に酒を売ってくれ。銘柄は指定しない。貴殿の目で見て、私が気に入るであろう物を見繕って欲しい。」

「酒、でありますか…。承知致しました。」

「うむ。そこで私の眼鏡に叶うことが出来れば、以後懇意にしようでは無いか。」

「なるほど、これは気合が入りますな。期限は如何ほどで」

「2週待つ。金額は選ばぬ。良いか?」

「ハハッ、確かに承りました。」


 そう言うとカイヅケは居住まい正し、両手を畳に付け頭を深く下げた。

 そこから先は、再び酒と肴を楽しみ、解散した。


 初の顔合わせから2週間後。先日と同じ料亭の同じ部屋で同じ面々が顔を突き合わせていた。

 結論からいえば、カイヅケはやってのけた。

 あの日あの短時間でニジョートの好みを当てたのか情報収集を徹底したのかは定かでは無いが、彼の持ってきた酒数本は、確かに値は張ったが、そんな事が気にならないほどにニジョートの舌と好みに合っていた。


「なんと見事な…。」

「お気に召していただければ、幸いに存じます。」

「いや失礼。私は貴方を見くびっていた様だ。」


 そう言いながらニジョートは向かいのカイヅケに深く頭を下げた。


 彼の怪しい笑みに、全く気付く事は無く。


「いいえ殿下。初対面の者を信じきれぬのは仕方無い事です。しかし、これで殿下との取引も可能と、言う事でしょうか?」

「無論だ!こちらこそお願いしたい。」


 そう言いながらニジョートはカイヅケへと右手を差し出す。

 するとカイヅケも同じように右手を出し、互いの手を握り握手を交わした。

 その後、用事があると述べカイヅケは先に部屋を発ち、ニジョートとジヴァラフの2人が残され、その日は友人同士水入らずの酒宴が開かれた。


 この時ジヴァラフは何食わぬ顔でニジョートと顔を合わせていたが、既に彼は、共和国内部に広がりつつあった闇に呑まれていた。

 そしてニジョートはこれから数年後に思い知る事になる。


 ―全ては敵の掌で踊らされていたに過ぎないのだ


 と言う事を。



                          ―第2話へ続く

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