閑話『インザール卿日誌』① 燻り



「いやはや、今回の裁判も難航しましたね。まさかマズロアの信徒が被告とは」


 裁判官の一人がコーヒー片手に、インザールに話を振る。


「そうだね。幾ら信徒と言えど、罪が許されるわけではない」


 裁判所として、彼らとの癒着疑惑を払ういい機会でもあった。インザールはガミラスの伯爵家に生まれたが、既に没落し居館と少しの船しか相続されなかった。

 故に貴族でありながら、教員という道に進んだ。それがまさかの最高裁判長、大出世ではあるが様々な事を憂いざるを得ないのだ。


「裁判長、執行部旗艦の引き渡し式が来週に迫ってます」

「それで皆、マズロアというかハーマリア教に敏感になっていたのか?」

「それはそうですよ、マズロアファミリーという裏社会を支配する組織がある訳です。執行部旗艦に何か仕掛けていないとも限りませんよ」


 異口同音に、移動式法廷ともなるその船、そしてその製造元に対して不安を抱いている。それを払拭するのも、彼の言葉であった。


「彼らは信頼を重視している。だがそれはグレーゾーンを増やすことではない、彼らの構成員であれど罪は罪。罪を犯した人間に対しては、マズロアは信頼を裏切った者として扱っている。だからトラップの心配はしなくていいんだ」


 続けて


「故に我々は臆することもないし、元より宗教的権威とマフィアを兼ねる様な勢力であれど、裁判所は膝を折ってはならない。その為の、最高裁判所執行部だ」


 と声高に宣言したのだ。


………


 カルラディア帝国建国から10年、フルクファーラントとの戦争が終わり戦後処理の裁判が一区切りした頃。マズロアから納入された、最高裁移動法廷艦の引渡し式が行われた。


『我々、カルラディア帝国最高裁判所はこの国の民の生存権を守る最後の砦です。だが先の戦争で我々は民を守る力を制限され、民を無碍にされた。二度と同じ轍を踏むことは、断じてあってはならない』


 会場にどよめきが響く。

 そして、インザールは続ける。


『この移動式法廷艦の就役を機に、カルラディア帝国の民の生存権をより確固たるものにしたい。今ここに集う裁判官、検事、弁護士の皆さんには、より一層、公正公平を重んじて民の生存権を守るように励んでほしい』


 深く深く、最高裁判長がお辞儀をする。

 拍手が湧き上がり、そしてインザールは造船所のチーフから一本の瓶を頂く。そして思いっきり艦首に向けて投擲し、瓶が砕けてポルトメルシア産のワインが紫吹として広がった。

 祝福を受けた最高裁判所・移動式法廷艦『テミスディア』はエンジンを吹かせ、ヴィルディアの空に飛んだ。



 移動式法廷艦『テミスディア』は展示飛行として帝都クルクラシア近郊を飛んだ後、会場たるクルクラシア空港に着陸。そして、艦内の案内をマズロアの代表として参列したミータカ・エルノラが行う。


「この船はマズロアの旗艦クラスの艦をカルラディアの規格で作った船で、主機はブラックホール凍結式縮退炉。主砲は420ミリ陽電子カノン砲、対空砲として76ミリパルスフェーザー砲を搭載してる。どうにも必殺兵器まで搭載してるっぽいけど、そこは…」


 肩を叩かれ、ミータカは口籠る。

 そこにマズロア大君の縁戚の少女、ミツネ・マズロアが割って入り説明を続ける。


「インザール先生たちには一旦黙っとくって言ったよね」

「そうだったぁ、前甲板と後部甲板に武装を集中させて艦橋部分の居住区間を拡充してる。まぁ、法廷は後部船倉の前半分だけど重装甲に守られてるから心配はないよ」


 テミスディアは405メートルの巨艦であり、カルラディア帝国所属を現す深緑の船体色に最高裁執行部を現す天秤のマーキングが施されている。

 中央甲板と後部船倉上部では立食形式のパーティが催されており、放浪時代のインザールの教え子たちも招かれた盛大なものとなっていた。


「先生、こんな立派な船をお持ちになるとは!」

「いやはや、これで一星持ちの伯爵時代を超えれたよ」

「そういえばセカンドキャリアはどうするんで?」

「決めてない、まだやる事多そうでさ」


 そこへフルク旧右大臣派で、相国の裁判で裁判官として出席したヒアダ・ディーフがインザール卿の元に現れる。


「実際、先生だったんですね」

「そうさね、歴史好きだから専らそっちばっかりやってたけど。今なんで私は裁判長してるんだろうね」

「勉強、させてください」

「勿論さ、だけど…」


 インザール卿は総統ロドルフ・クルークと生年を共にしており、総統が養子を取っていたり内務卿マリウス・シュトラス=トイアーにも、可愛い秘書が居たりと正直執務を任せれる人は多いに越した事ないと最近思う次第であった。

 そして彼にも、這う這うの体で辿り着いたポルトメルシアにて、相棒の小さな小鳥の艦長がどこかへ飛び立っても無反応になる程擦り切れた旅にて、自分のサポートをしてくれた弟子、シゲート・キリーファを呼び出した。


「先生、どうしたんですか?」

「君に弟弟子が出来た、兄弟子として裁判の事とか、諸国の法政について活発に意見を交わしたり教えたりしてほしい」

「か、かしこまりました!」

「よろしく頼みます」


 兄弟子キリーファと弟弟子ヒアダが固く握手を交わす姿を、インザールは微笑みながら見ていた。


 パーティが終わると、インザール卿は執務室を早速テミスディアに移すべく、片付けが終わらない内から段ボール詰めした書類などを引っ越しを開始した。


 その中で、ある裁判の資料が目に入った。


「これは…」


 内容は国内に残るフルクファーラント駐留軍だった者が属州惑星現地のマフィアと合流し、人身売買に関わったものとして逮捕された件であった。


「こんな事がまだあるのか…ならば」


 表敬訪問として、そして訓練航海としてマズロアへ行く道すがらにポルトメルシアが位置する。この裁判が行われたのはハーマリア星系の裁判所であり、ハーマリアはカルラディア帝国の食糧を卸し、マズロア教団の聖地でもある重要な星系。

 であるならばと、実際に補給中に地方裁判所へ寄り詳細な資料や証言などを求めることに決めた。


……………

……


 マズロアに鹵獲されたガミラス艦に量子魚雷を増設したマズロア・デストリアを水先案内人に、スターク・ハイ複数隻と移動法廷艦テミスディアが一路ハーマリア星系に向かう。


「縮退炉、出力不安定」

「やはり外国のシステムは信頼性が…」

「今は勉強の時間だ、補機ゲシュタムエンジンはまだ動かすな」


 整備士がマズロアからも派遣されており、整備方法を実地でカルラディア人整備士に教えている。数分も経てば、補機の推力は元に戻り航行を再開する。


「直りましたね」

「先達に肩を借りるべき時もある。マズロアも、人としてあるべき姿を求める哲学的要素が多いと聞く。マティウス主義が公正公平や全人類平等を掲げているけど、これはマズロアの目指す在り方に近い」


 インザール卿は移動中は歴史の本を読んだり、文字読み上げ機能を用いて本の内容をずっと聞いている。これはガミラスにいた頃からのライフハックであり、カルラディアにきてからも私財を投入して文献のアーカイブ化を行っている。


「その予算はどこから?」

「夫婦で色々と投資したからね」

「はえーそうなんで…ってアレ、揺れてる?」


 一瞬、艦が左右に揺さぶられる。

 機関部の整備士に報告を求めると、どうにも補機推力が異常に上がっているとの事だった。


「もしやスペクトルム領域ですか!?」

「報告は?」

「ゲシュタムエンジンの増幅が認められます」

「シャーフさんの言うとおり、何かに使えるかもしれない。それにハーマリアの歴史を紐解く縁になりえる、突入経路と共に記録。本星に送れ」


 21センチ線を放つ中性原子雲のように振る舞い、ゲシュタム機関の出力を増幅させるふしぎな海域。その中に突っ込むと、ハーマリアの内惑星系。ポルトメルシアまでもう一息だ。


………


 ハーマリア星系第三惑星、ポルトメルシア。

 インザールの探索から10年余りが経過し、茶の名産地となっている北部方面の中心地。されど文化財が多数埋まっていることから、開発が制限され現在その月が主な拠点となっていた。


 ポルトメルシア月面港に船をつけると、地裁の職員の出迎えを受けた。それから今回の旅の目的である、フルク駐留軍人による犯罪の再審を見学する。


「被告人が率いるグループは、このポルトメルシアにて人身売買に飽き足らず、巡礼者の館への放火未遂を働いた。これは重罪と言える」

「しかし被告は巡礼者の館と知らず、放火を指示されたと言っております」

「誰からですか?」

「それは完全に黙秘しています」


 インザールは傍聴席に居ながら、被告が巡礼者の館を見た時に親の仇を見るかのようにしていたのを見逃さなかった。

 結局この日、判決は出なかった。地裁としては上役である最高裁判所長官の前で、極悪人を裁きたかっただろう。しかし、そんな彼らを労い「君たちが頑張っているのは分かった、これからも頼む」とお礼を言った。


「インザール先生、突然ですが一体どうなさいました?」


 ポルトメルシアにて、考古学の調査をやっている同窓会のメンバーとその夜にレストランにて合流した。


「その、マズロアの教義について君は知ってるか?」

「ええまぁはい。だけどアレは、仮にガミラスの本星の面々が知ったら相当キレる代物です」

「どうしてそう思う?」

「在地の神様でさえ、彼らの信じる神様と同じ存在として見做すわけです。絶対的な自分達の神様が相対化される、それは時に屈辱になるでしょう」

「まさか、憎悪犯罪か?」

「そんな話をしに来たのなら、来年からの招集は蹴ろうと思いますが?」

「ごめんごめん、仕事の話はもうなしだ。すみません、これおかわりで」


 翌朝、インザールは巡礼者の館を訪れた。

 周囲は一面茶畑が広がり、マズロアの本拠地であるショーゲツ島浮遊要塞にお茶を届ける御用農場がある。小さな小鳥の艦長も、その白い羽を存分にはためかせて茶畑を飛ぶ。


「ここが…」

「おや、貴方は?」

「最高裁判所の方で働いております、インザールと申します。お見受けしたところ、巫女さんと認識してますが…」

「はい、私は巡礼者の館を預かる巫女です」


 妙に思えた。

 聖地の所有を、敢えてしないマズロアのハーマリア教がここに拠点を置くこと自体が。


「放火未遂の件、大変でしたね」

「あの時は侍従が取り押さえてくれましたから、ギリギリでした」

「私も、フルク駐留軍の裁判についてで抗議運動を受けて裁判所に投石されましてね」

「それで、来訪の要件は何でしょうか?」


 一呼吸おくと、例の裁判の件を公開できる範囲内で話をした。そして、インザールの弟子の推理と合わせて考察を伝えた。


「ーーつまり、マズロアの中の正義のぶつかり合いとでも?」

「マズロアの信徒の中で、経典の解釈の正統性を論じることは教義で禁止されています。しかし、それでも人はわかりやすい真実や正義に飛びつきたくなる。被告人はハーマリアの信徒であった事がわかっていますから、それが原因と……」

「貴方は、ズバイルという宗教について、ご存知でしょうか」


 インザールはテミスディアに帰還してすぐ、テロンの歴史書を読み漁っていた。

 記憶を頼りに、マズロアやハーマリアの教義に近い宗教があった筈だと文献を探る。そして、宗教の話でやたらと出てくる十字架と緑色の何かを確認した。


「どの星で生まれようが、結局はそうやって争うのか」


 どっと疲労が出てくる。

 結局は一個人、どんなに頑張ったとしても平和なんか作れはしない。どんな英雄であろうと、よくても身の回りの平和しか守れない。

 だが、それでいいと諦観している自分もいた。臣民が公正公平の下、幸福を追い求めることができる社会こそがカルラディア政府が追究する社会なのだ。


「「臣民の社会を守る、最後の砦」」


 キリーファと、ヒアダが同時に呟いた。二人の若人からは、その男がまるで要塞のように見えたのだろうか。


「インザール卿、閣僚の予定がわかりました」

「…ありがとう」


 そんな要塞が鳴動した。


「皆さん…何してるんだよ、これじゃ部下の有休消化率が上がらないじゃないか!」


(ウィンブライ・インザール/宮島織風 寄稿) 

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